白と黒の戦場


黒のナイトがそっと白のキングの近くに置かれた。
「チェックメイト」
「……降参です」
指でキングをはじいて倒し、マルスがため息をついた。
「少しは手加減して下さいよ、ゼルダ姫……」
「まあ、クイーンとルークを抜いたというのに、これ以上どうやって手加減するのですか?」
ちなみに、クイーンもルークも攻めの要になりうる強い駒である。
マルスも、チェスは決して上手いとは言えないまでもそれなりに自信はあった。それでハンデ付きにもかかわらず負けてしまったのだから、ため息をつくより他にない。
「お、何してるの?」
と、そこにロイがやって来た。
「チェスだよ。ゼルダ姫がもの凄く強くて連敗中なんだけどね」
「ロイさんもやりますか?」
「ん〜、でもオレあんまり上手くないよ」
「なら、私はビショップとルークとナイトを抜きましょう」
「ん〜、なら大丈夫かな……?」
「じゃあ、早速やってみましょう。白と黒、どちらがいいですか?」
やめなよというマルスの忠告を無視し、ロイはゼルダの向かいについた。
「じゃあ、白で」
「どうぞ」
駒を並べ、ゼルダが黒のビショップとルークとナイトを抜いたのを確認し、ロイはポーンを2つ進めた。



「はい、チェックメイト」
黒のルークをキングの前に置いて、ゼルダは微笑みながらそう告げた。
「うう……プロモーションとか卑怯だ」
「プロモーションはれっきとしたルールです! 大体、わざわざナイトやルークにしたでしょう?」
ちなみに、プロモーションしたポーンの9割はクイーンになる。
「それはそうだけどー」
「だからやめとけって言ったのに……」
ロイの後ろでマルスがため息をついた。
「じゃあ、ロイさんも入ったわけですから……」
「……え? 何に?」
「私とマルスさんで賭けをしていたんです。負けた方が勝った方の言うことを一度だけ聞くって」
「……え?」
「……だから、僕はやめとけって言ったんだよ。ロイ……」
硬直したロイの肩を叩いて、マルスが同情したように言った。
「まあ、今日はもう遅いですし、後日という事で」
ニコニコと楽しそうに笑うゼルダに、マルスとロイは背筋に冷たいものが走るのを感じた。



翌日、ゼルダから大きな包みと手紙が渡された。
手紙を読むまでもなく、包みの中身を見れば、ゼルダが何をさせたいのかは一目瞭然だった。
「……これ、やらなきゃ駄目か……?」
「仕方ないよ、諦めるしかない」
2人は同時にため息をついた。



「……おはようございます……」
「ああ、おはよ……」
いつものように挨拶しようとした皆は、やって来たマルスとロイの格好に絶句した。
「……お願いします、何も言わないで下さい……」
目の幅涙を流しそうな表情で俯くマルスは、深紅のチャイナドレスに身を包んでいた。後ろにいるロイはゴスロリ風のドレスを纏っている。
着ているのがファルコンやガノンだったなら笑うだけですんだろうが、この2人は細身で整った容貌なため、似合いすぎて笑えない。知らない人間が見たなら、なかなか男には見られないだろう。
「……どうしたんだ?」
「……賭けに負けてしまいまして……」
「……何の賭けをしたのかは、訊かないでおくわ」
サムスがため息をついた。
「それにしても、リンクまでそんな馬鹿げた賭けをやったのか?」
「いえ、賭けに参加したのは僕とロイだけです。リンクは確か、ロイが一蓮托生とか言って巻き込んでたような……何着てたんですか?」
「あれ」
皆が一斉に2人の後ろを指差した。
「あ、おはようございます」
朝食を運んできたリンクは、シスター服に身を包んでいた。きちんと髪を隠していて、そのビシッと厳格な雰囲気は何だかゼルダを彷彿とさせた。
「うわあ。2人共似合いますね」
「……」
笑いながらのリンクの台詞に、マルスとロイはガックリと肩を落とした。悪気のなさが痛すぎる。
「リンク、何だかゼルダ姫に似てる〜」
「そうだね。ゼルダは昔、こんな感じのドレスを着てたから」
リンクの精神的ダメージが小さいのはそのせいらしい。
「早く席について下さい。ご飯できましたよ」
「……うん……」
リンクに促され、2人は渋々ダイニングに入ったのだった。



ゼルダはかなりの低血圧なので、大抵朝食の片付けが終わったあたりに降りてくる。
「おはようございます、皆さん。……あら、2人共なかなか似合いますね」
隅の方で食後の紅茶を飲んでいたマルスとロイを見つけて、ゼルダが微笑んだ。
「ゼルダ姫……一体どこからこんな服を用意したんですか?」
「3階のウォークインクローゼットにたくさんありましたよ」
「……」
この屋敷は、探せば何でも出てくる。
「あら、賭けの相手ってゼルダだったの?」
「ええ。この間、チェス盤を見つけた時に」
「……あの女が、負ける賭けをする訳がなかろうに。馬鹿な真似をしたものだ」
ガノンがそう言って紅茶を飲み干した。
「……で、僕らはいつまでこんな格好を?」
「今日1日です。もう一度勝負して私に勝ったら、脱いでも構いませんよ?」
「……やめとく」
「じゃあ、代わりに俺がやりましょう」
フォックスが名乗り出た。
「では、フォックスさんが勝ったら、命令は撤回します。その代わり、負けたらあなたにも女装してもらいますよ」
「ああ」
「では、私がハンデを負います。好きな駒を2つ指定して下さい。それを抜いてやりましょう」
「……すごい自信ね……」
サムスが呆れたように言った。
「……じゃあ、クイーンとルークを」
「分かりました。白と黒、どちらがいいですか?」
「……黒で」
「分かりました」
ゼルダは白のクイーンとルークをチェス盤の脇に置いた。
「では、始めましょう」



その日の昼食と夕食の光景は、仮装パーティーのようでかなり異様なものだった。
フォックスが30分で粉砕された後、皆が面白がって次々ゼルダに挑んだのだ。
ゼルダは全ての挑戦者をことごとく負かして、最早ゼルダ以外のメンバーは普段着を着ていなかった。客も仕事の依頼も来なかったのが、唯一の救いである。
「まさか、手加減されてまで負けるとはな……」
セーラー服を着たフォックスがため息をついた。
「全くね」
こちらは学ランを着たサムスが相槌を打った。
「最早戦える奴はいないのか……」
巫女さん衣装を着たファルコがあたりを見回した。
マリオとルイージは色違いのアリス服を、ドクターはナース服を、ピーチはタキシードを着て普通に談笑している。ピンクのワンピースを着たネスとメイド服を着た子リンクや、レースクイーン姿のポポと袴姿のナナも、大して気にはしていないようだ。ポケモン達とカービィ、ヨッシーはリボンや帽子程度なので問題外である。……いや、アオザイ姿のミュウツーに今の気分を聞いてみたいような気がしたが、それはやめておく事にした。
他の面々――花魁姿のガノンやチマチョゴリを着たファルコン、古風なドレス姿のドンキーやフラダンスの衣装を纏ったクッパはうかない顔をしている。マルスとロイは更にひどく、最早テーブルに突っ伏して半分死んでいる。
「マルスさんとロイさん、大丈夫ですかね……」
リンクが心底心配そうに、2人に紅茶を勧めた。
「……そうよ、リンクはまだゼルダと戦ってないんじゃない?」
ふとサムスが思い出した。
「……あ」
そういえば、朝からシスター服姿だったので忘れていたが、確かにリンクはまだチェスをしていない。
……していないのだが。
「リンク、チェスのルール分かる?」
「いえ。全く」
リンクはあっさり首を横に振った。
「……じゃあ、今簡単に教えるから、ゼルダと一戦やってみてよ」
「構いませんけど……」
「おいサムス、リンクにやらせる気か?」
「駄目で元々、勝てれば上出来よ。もう失うものはないんだからいいじゃない」
サムスはフォックスの反対を封じ込めた。
「いい、チェスは相手のキング――この駒を追い詰めれば勝ちよ。で……」
サムスのにわか講義を真剣に聞くリンクの様子に、フォックスはこっそりため息をついた。
「……あっちの衣装山に残ってる、バニースーツだの踊り子の服だのを着せられないように祈ってるよ、リンク……」



「え? リンクが?」
「うん。サムスさんが、やってみたらどうかって」
「構わないけど……あなたルール分かるの?」
「さっき習ったから大丈夫だよ」
「そう……じゃあ、好きな駒を選んで」
「う〜ん……それとそれ」
「ナイトとルークね。分かったわ。色は?」
「白かな」
「じゃあ、あなたからよ。どうぞ」
黒のナイトとルークを横に置き、ゼルダが微笑んだ。
「えっと……」
皆が見守る中、慣れない手つきでリンクはポーンを進めた。



やはりというか何というか、ゼルダはひょいひょいとリンクの駒を潰していく。リンクもポーンのいくつかは倒したのだが、もう盤上に白い駒はキング、ルークとナイトが片方、ポーンが2つしか残っていない。
「やっぱり駄目か……」
皆が諦めムードになりかけていたが、リンクは構わずポーンを進めて、黒のキングの斜め前に置いた。
「えっと、これでチェックだよね?」
「ええ」
ゼルダは微笑んで、ビショップを動かしてポーンを取ろうとし――
「……え? ちょっと待ってよ、嘘でしょう?」
不意にビショップから手を離して盤上の駒の位置関係を確認する。
「……これは動かしたら……こっちはナイトが……」
「? どうしたのゼルダ?」
リンクが不思議そうに訊ねると、ゼルダは悔しそうに自分のキングを倒した。
「……悔しいけど、私の負けよ」



「……えええ〜っ!?」



皆一斉に驚いた。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃないわ。ほら、よく見て」
ゼルダはキングを起こした。
リンクがでたらめに動かして配置した駒は、いつの間にかゼルダの防衛陣の隙間に入り込んでキングの逃げ場を塞いでいた。他の駒を動かしてポーンを取ろうにも、やはりいつの間にか回り込んでいたルークがその行動を阻止している。
見事な布陣だった。ゼルダがかなり手加減をし、リンクがどのつく初心者であるのを差し引いても、やはり完璧な布陣だった。
「やった〜、すごいやリンク!」
「……信じらんない……」
「やっと解放されるんだ……!」
めいめい騒ぐ皆を後目に、ゼルダは納得いかない表情で駒を並べ直した。
「それにしても納得がいきません……! リンク、もう一勝負付き合って頂戴」
「何だ、負け惜しみか?」
「賭けの事はどうでもいいんです。もう夜ですし。ただ、いくら私に油断があったとはいえこんなに綺麗に返り討ちにあったら引き下がれないじゃないですか」
「えー」
しかし、リンクは嫌そうに顔をしかめた。
「俺やだなぁ。だってよく分かんないうちに勝負が決まって、面白くないんだもん」
……その一言にとどめを刺され、ゼルダはバタンとテーブルに沈んだ。



――それ以降、ゼルダとチェスをしようというメンバーがいなくなったのは当然であった。





後書き

チェスネタです。
チェスは好きなんですが、メチャクチャ下手です。Lv1のコンピューターにすら勝てません(ぉ

つぅか今回、皆の衣装がありえん……。
ガノンが花魁って……ドンキーがドレスって……。
ごめんなさいごめんなさい、全部私が悪いんです。だって考えつかなかったから……。
ちなみに、私はコスプレ嫌いじゃないですよ。あまりやりませんが。