影と鎖と頼れる仲間


リンクは1人遺跡を走っていた。
仲間は置いてきた。自分1人の息づかいと草や石畳を踏む足音だけが大きく響く。
1人で行くべきでない事は分かってるし、きっと後でしこたま叱られるだろう。それでも、リンクは1人で来た。これは自分の問題だから。
崩れ落ち、空を仰げる神殿跡。その祭壇だったのだろう場所に、彼は1人で立っていた。自ら呼び出したリンクを待ち受けるように。
「よお。遅かったじゃねえか」
紅の瞳を細める。月光の色をした髪がサラリと揺れた。
「すまないな」
リンクは足を止めた。
「誰かが来るかと思ったが……」
「抜け出して来た。これは俺の問題だから。皆を巻き込むわけにはいかない」
にいっと彼は笑った。ネス達が見れば、こんな邪な笑い方が出来るのかと驚くだろう。
「そいつはいい。遠慮なく、代わってもらうぜ」



「ねえ、リンクがどこにいるか知らない?」
「知らなぁい」
お菓子を食べながらババ抜きをしている子供達は首を横に振った。
「そう……」
ゼルダはリビングを出た。
「変ね……」
部屋も、台所も、応接室も、トレーニングルームも、リンクのいそうな所は全て探したのに。
(まあ、この屋敷は広いから)
そう、この屋敷はひたすら広い。皆来たばかりの頃はよく道に迷ったし、今でも3階から上はあやふやだ。そのため、『迷ったらとにかく窓辺へ』が屋敷を歩く時の暗黙の了解だ。無闇に歩き回るより窓から飛び降りて1階に戻った方が早いからだ。飛び降りて死ぬようなメンバーはいないし。
(……あ)
そう、今日はこの手段は使えない。大方、3階の掃除でもしていて道に迷ったのだろう。
そう思って階段に向かおうとした時、チャイムが鳴った。
「……誰かしら」
覗き窓に映っていたのはマルスとロイだった。
「あら、お帰りなさい」
ゼルダはドアを開けた。
「只今帰りました」
「首尾はどうでした?」
「バッチシだ!」
ロイはガッツポーズをした。
「…今日はやけに静かですね」
「ああ、2人は今帰ってきたから知りませんね」
ゼルダは2人に理由を説明した。
「私、誰かが闇に呑み込まれる夢を見たんです。ピーチ姫に話したら、彼女も何か嫌な予感がしていたらしくて、しばらく外出禁止になったんです。皆多かれ少なかれ何かを感じていたようで、子供達ですら大人しくしてるんです」
マルスとロイは顔を見合わせた。
「ほら、やっぱり見間違いだよ」
「そう、かもしれないね」
「?」 「実は、帰る途中にリンクさんが森の奥に向かっているのを見たんですが、まさか彼がそんな事はしませんよね」



ギンッ!
噛み合った剣は火花を飛ばした。
「クッ……これも駄目か」
「やはり『同じ存在』なだけはある」
剣と盾を構え、向かい合う2人。色こそ違えど、その姿は全く同じだった。
陽光の金と月光の銀。青玉と紅玉。深緑と漆黒。
――光と闇。
「何故出て来たんだ!」
「何を言う。俺はずっといただろう」
「違う!」
「違わない。俺はお前の中にずっといた。お前が押し殺した怒りや憎しみや、そういった感情と一緒にな。……見てみろ、だから俺はお前とは違う。同じなのは容姿と剣の腕だけだな」
黒いリンク――ダークリンクは冷たく笑った。リンクのした事のない、リンクには出来ない表情だ。
「……だから何なんだ」
「俺はもう影でいたくない。俺はお前だ――代わってもらう」
ダークリンクの指が鳴った瞬間、リンクの足元から何本もの鎖が飛び出した!
「何っ!?」
とっさに何本かは斬り払ったが、残った数本がリンクの手足に絡みつき、手近な柱に縛り付けた。リンクの手から離れた盾は鎖に引っかかり、剣はくるくる回転しながらダークリンクの方に飛び、石畳に突き刺さった。
「くっ……!」
リンクはもがいたが、鎖はきつく、ほどける様子は全くない。
「罠、だと……?」
「なぁ? 『敵の排除に手段を選ばない』、お前には出来ないだろう?」
ダークリンクは嘲笑した。
「もがけよ。もがけばもがく程きつく絡まるぜ……最も、抵抗しなくても俺が締め付けてやるがな」
「ぐ……」
あと少しの所で、手が道具袋に届かない。届きさえすれば、反撃のチャンスはあるのに。
蜘蛛の巣にかかった蝶のようなリンクに、ダークリンクはゆっくり近づいた。
「お前の負けだよ」



「っ!?」
リンクはいきなり硬直したかと思うと、ソファーから転げ落ちた。
「リンク!?」
「どうしたの?」
「ピィカ!?」
皆トランプを放り出してリンクに駆け寄る。
「何の騒ぎだ?」
「フォックス! リンクの様子がおかしいんだ!」
「ドクターのとこにつれてかないと!」
たまたま通りかかったフォックスは、リンクのただならない様子を見て、
「いや、動かすな。ドクターを呼んでくるから見ていろ!」
自慢の俊足で医務室に向かって走った。
「リンク、しっかりして!」
「ピチュ!」
「今ドクター来るからね!」
子供達はテーブルやソファーをずらして、リンクの周りにスペースを作った。
「プ、プリ!」
「どうしたの……何これ!?」
プリンとナナが悲鳴をあげた。ネスやポポ、カービィ達も息を飲む。
リンクの手足に、鎖で締め付けたような痣が浮かびはじめていた。



「ぐぁ……ぁ……」
段々とキツくなる締め付けに、リンクは必死で耐える。もう骨が折れてもおかしくないくらいのきつさだ。
「へぇ、意外に保つな。これぐらいやられると普通は死ぬんだが」
リンクの頑張りに少し感心し、ダークリンクは石畳に突き立ったマスターソードに手を伸ばした。

――バチッ!

「っ!」
しかし、見えない力に跳ね返された。
「……何でだよっ!」
腹立たしさに、手にした剣をリンクの腹に突き立てた。
「がっ!?」
「俺はこいつだ! 何の違いがある!? 何故俺を拒む!? 俺が……俺はこいつの影でしかないとでも言うのかっ!」
紅の瞳が昏い激情に燃え上がる。先程までの余裕はもうない。
「俺が『リンク』だ……! その事を証明してやる!」
血を吐くような叫びは、どこか哀しげに響いた。



子供達の悲鳴に、大人達もリビングに集まった。
「やだ、血が出てる!」
「死なないで!」
「ピーッ!」
ピチューは大泣き、皆はオロオロ、何とかしなきゃと思っても、する事が思い浮かばない。
「何があった!?」
「分かんない! い、いきなり倒れて……」
「落ち着け! リンクは死なん。こんな所で死ぬような弱い奴ではない」
クッパが子供達をなだめる。
「本当!?」
「無論だ。疑うのか?」
子供達はぶんぶんと首を横に振った。根拠がなくとも自信満々に断言されたおかげで、子供達のパニックは何とか収まった。
「ドクターは?」
「フォックスが呼びに行った」
「ピーチ姫は?」
「し、知らない」
「ゼルダは?」
「リンク探してたから、多分3階」
やがて、ドクターがフォックスに連れられてやって来た。
「どれ、見てみよう……ああ、『共振』したな」
リンクを診たドクターは、難しい顔で唸った。
「『共振』?」
「ああ。私や、この子供リンクのような“二重存在”は、片方が重大な――そう、命に関わるようなダメージを受けた時に、少しでも生存率を上げるためにその一部がもう片方にも適用されるのだよ。……例えるなら、シークになっている時に受けたダメージは、ゼルダに戻っても残るだろう?少し違うが、そんな感じだ」
「じゃあ……今リンクは……」
「ああ」
ドクターはうなずいた。
「瀕死の重傷を負っていると見て、間違いはない」
その時、ゼルダがやって来た。
「大変です! リンクが、屋敷のどこにもいません!」
皆は視線を交わした。
「じゃあ、リンクは今どこに……?」



拒まれ続けながらも、ダークリンクは何とかマスターソードを抜く事に成功した。
「くそっ……まだ駄目かよ」
「…わ……か…」
息も絶え絶えに、リンクが言葉をしぼり出す。
「何だ」
「ど……て、こば…まれ…か…」
最早焦点の合わない瞳で、リンクはダークリンクを見た。
「おま…は……自分の……ため…に…使お……するか……マスター、ソード………世界の…ため…ある…剣…から…」
途切れ途切れだったが、意味は理解できた。
「世界のため? ハッ、馬鹿げてる」
「だか……使え、な…」
ダークリンクは沈黙した。
「……分かったよ」
ダークリンクはマスターソードを捨て、リンクの腹に刺さった剣を抜く。
「ぐぅっ」
刀身にせき止められていた血が吹き出し、ダークリンクの頬を汚した。
「お前を殺すのは、こいつで足りるしな」
ダークリンクは剣を振りかぶった。
「じゃあな」

――ドスッ。

「!?」
刀身は、黒く薄っぺらいものに弾かれ軌道を変えた。
「そこまでよ」
サムスがフルチャージされた右腕をポイントする。
「大丈夫ですか!?」
「今降ろすからな!」
ロイが鎖を叩き斬り、くずおれたリンクの体をマルスが支えた。
「何で……ここが……」
「帰りがけにたまたま見かけたんです。幸運でした」
「リンク!」
ゼルダが駆け寄って、回復呪文を唱える。動こうとしたダークリンクに、フォックスとファルコが威嚇射撃をした。
「オレ達の仲間をこんな目にあわせたツケ、きっちり払ってもらうぜ」
「こちらの方が人数が多い。大人しく投降しろ」
ファルコとフォックスの言葉に、ダークリンクはくっくっと喉を鳴らして笑った。
「何がおかしい」
「いや……お前らは本当におめでたいなと思って」
「!?」
ゼルダはとっさに呪文を切り替えた。
「俺が援軍を予想してないとでも思ったのか?」
パチンとダークリンクが指を鳴らすと、再び鎖が十数本持ち上がり、フォックス達を跳ね上げた。
「何っ!?」
薄っぺらいG&Wと、『フロルの風』でダークリンクから離れたゼルダとリンク以外は空に放り投げられた。
「くっ!」
「しまった!」
足場の悪い状況では、剣士は不利だ。たちまちマルスとロイが鎖に捕まる。
「ぅおっとぉ!」
彼らより空中戦の得意な3人も、初撃をかわしたG&Wも、うねる鎖に阻まれて助けに行けない。
「このままだと捕まる! 地面に降りるんだ!」
鎖を足場代わりにダークリンクに接近しようとするファルコにフォックスが言った。
――と、不意に全ての鎖が動きを止めた。
「!?」
支えをなくし落下する5人。G&Wも呆然とそれを見上げた。
鎖を振り解こうとしていたマルスとロイは、自分達を含めた6人が、ちょうどダークリンクを取り囲むような位置にいるのに気づいてゾッとした。
「……まずいっ!」
「せやあっ!」
しかし次の瞬間にはダークリンクの剣がうなり、6人は吹き飛ばされた。
――リンクの必殺技『回転斬り』。今までよく見ていたのだが、自分の身で受けるとその威力がよく分かる。
鎧やパワードスーツのおかげで斬られる事だけは避けられた3人はともかく、まともに刃の洗礼を受けた3人はかなり危険だ――G&Wは血を流していないので見た目はそれほどでもないが、さっきから異常なアラーム音が鳴っている。
「ぐっ……」
迂闊だった。まさか罠があるとは……。いきなり大半が戦闘不能にされてしまった。
「バーカ」
鼻で笑って、ダークリンクは離れた位置にいる2人の方に向かった。



「出血は止まったね」
ドクターは取り替えようと取り出した包帯をしまった。
「本当?」
「ああ。ゼルダ姫が魔法を使っているんだね」
ネスはリンクの左手を握った。
「傷を受けた方が治療を受けてるから、もう大丈夫。あっちの意識が戻ったら、じきに目覚める」
ドクターの言葉も終わらぬうちに、リンクの瞼が震え、ゆっくりと開いた。
「リンク! 気がついたんだね!」
「大丈夫? どこか痛い所はない?」
「…みんなやられちゃった」
抑揚のないリンクの言葉に、皆は凍り付いた。
「罠……フォックスさん達が斬られた、危険だ……早く終わらせないと……」
「リンク!? 何言ってるの?」
「意識の混合だよ。『共振』を起こすとこうなる……すぐに治るけどね」
「そんな! マルス達がやられるわけない!」
「罠だと言っていたからな。リンクもはめられたな」
「助けに行かなきゃ!」
「無理だよ。リンクが向かった方向が分かるマルスとロイは行ってしまったし、万一分かったとしても、ピカチュウが全速力で走って間に合うかどうかだろう」
ドクターの言葉に子供達はしゅんとうなだれ、ポポとピチューの目には早くも涙が浮かび始めた。
「……ドクター、何かあったら連絡してくれ。俺はトラックをいつでも動かせるようにしておく」
ファルコンは片手をあげ、リビングから出ていった。
「俺達は何か暖かいものを作る。ルイージ、行くぞ」
「うん」
「医務室まで運ぶのは面倒でしょ? 玄関ホールにベッドを運びましょう」
皆次々にリビングを出ていき、作業に取りかかった。
「ほら、泣くより先に、出来る事を見つけるんだ。皆が無事に帰ってきた時のために」
ドクターに頭をなでられ、子供達は涙を拭きながらうなずいた。



「リンク、まだ傷が……」
「このままだと皆が危ない……早く終わらせないと……」
ゼルダの制止を振り切って、リンクは起き上がった。道具袋から予備の剣を取り出し、鞘をゼルダに渡す。
「これは、俺の問題だから……」
「リンク……」
傷の痛みを無視して、リンクは走り出した。ダークリンクもそれを迎える。
「……この手で、全て終わらせる!」
奇しくも同じ言葉が、2人の口から同時に出た。
2人が互いに互いのリーチに入った瞬間。
「!?」
2人は『フロルの風』を使って間に割って入ったゼルダの姿に戸惑い一瞬躊躇った。
ゼルダは口づけができそうなほどの近距離で、ダークリンクの紅の瞳を見つめ、首にそっと腕を回す。
ダークリンクが何か言うよりも早く。

ドッ!

ゼルダは、隠し持っていた懐剣をダークリンクに突き刺した。
「がっ!?」
ダークリンクはゼルダを突き飛ばし、戦闘用と呼ぶにはあまりにも美麗で細いその懐剣を抜いた。
「はぁっ!」
リンクはその隙を見逃さず、ダークリンクの左胸を貫いた。
「か……はっ……」
何かを求めるように、ダークリンクの手が空に伸びる。リンクは右手でその手をそっと掴んだ。
紅と蒼の視線が重なって――ダークリンクは塩の柱のようにサラサラと崩れていった。
「……終わった……」
リンクはパタッと倒れた。
「リンクっ!」
ゼルダが駆け寄るが、リンクの意識は完全に失われていた。
「……救援を呼ばなきゃ……」
ゼルダはスマブラメンバー全員に渡されていた通信機を取り出した。



「――ゼルダか!? そっちは……そうか……分かった。今ファルコンを向かわせる。……ああ。じゃあ」
ドクターは通信を切った。
「どうだったの!?」
後ろで固唾を飲んで身構えていた子供達に、ドクターは通信の内容を告げた。
「全員生きてるよ。今から帰って来る」
子供達は顔を見合わせ、歓声を上げた。



「……んもう、うるさいわねぇ」
自室で惰眠を貪っていたピーチ姫は、目をこすりながら起き上がった。
身支度を整えて下に降りると、何故か玄関ホールにベッドが7つ並んでいる。
「何? 何をしでかしたの?」
「暢気に言わないでよ……こっちは大変だったのよ」
サムスがため息をついた。
「?」
首を傾げるピーチに、皆は再びため息をつくのだった。



傷の治療を受け、皆にしこたま叱られたリンクは、3日間医務室での絶対安静を言い渡された。とはいえ、酷使した四肢は骨こそ折れていないもののぴくりとも動かない。担架で運ばれて、リンクは少し居心地の悪い思いをした。
「……リンク」
医務室に、ゼルダが入って来た。ゼルダは少し手のひらを擦りむいた程度だったので、特に何も言われていない。
「ゼルダ。怪我は?」
「自分の心配をしなさいよ。あなたが一番重傷よ?」
ゼルダはリンクの枕元に座った。
「スープ。マリオさん達が作ったんだけど、食べる?」
「うん」
手を動かせないので、リンクの口にスプーンを運んであげる。
ドクターは他のメンバーの治療に向かっていて、医務室には2人きりだ。
ゼルダはリンクに話しかけた。
「何で皆があんなに怒ったか分かる?」
「俺が、禁止令を無視して抜け出したから……」
「違うわ」
「え?」
「あなたはダークリンクに呼ばれた事を言わないで、1人で向かった。だからよ」
「どうして……これは俺の問題……」
「あのね。迷惑をかけたくないと思っているのなら見当違いよ。仲間に助けの手を差し伸べるのは、迷惑なんかじゃない」
1人はみんなのために、みんなは1人のために。
「そのくらいのごたごたは私達にとって日常茶飯事でしょ?遠慮なんていらないわ。あまり自分を押し殺すと、ダークリンクにつけ込まれるわよ」
「……うん。ごめん」
リンクは素直に謝った。
「しばらくゆっくり休んでね。おやすみなさい」
リンクの頬に口づけを落として、ゼルダは医務室を出た。



心配をかけないために迷惑をかけるというのも変な話だけど。
これからは、皆に頼るよ。
1人はみんなのために、みんなは1人のために。





後書き



アンケートよりシリアスです。
多分初めてまともな戦闘シーンを書きました。かなり削ったんですがね。
う〜ん、しかしラストが微妙……。
やっぱりシリアスは難しい……。





オマケ



「助けて下さいっ!」
「……ごめんなさい、無理です」
「せめてクッパがいればね……」
「俺達じゃ死んじまう……」
「嘘つきぃぃぃ!」



子供達に大樹よろしくよじ登られて甘えられたリンクは、誰にも助けてもらえず、彼らが飽きるのを待つしかなかった……。



end♪