君の隣に
「ピーチ姫、私に用事って何?」
ナナがピーチの部屋に入ると、普段よりきらびやかに盛装したピーチとゼルダが出迎えた。
「そこのテーブルにある手紙を読んでみて」
ナナは言われた通りに手紙を読んだ。
「……招待状?」
「そう、ダンスパーティーの招待状よ」
「私達だけで行くのも何だし、サムスさんは行かないって言っていたから、ナナはどうかと思って。たまにはドレスを着てみたいでしょう?」
ゼルダがナナに微笑みかけると、ナナは少し恥ずかしそうに言った。
「そうだけど……ピーチ姫やゼルダ姫と並ぶのはなぁ……」
「あら、心配なんてする必要はないわ。あなた普段色気のない格好しかしてないから自分でも気づいてないでしょうけど、顔はけっこう可愛いわよ。後はメイクと衣装次第」
化粧品のいくつかを手にして、ピーチはにっこり笑った。
「そこは私達に任せなさい。たまには相棒をびっくりさせてやりなさいな」
「マリオさん、僕に用事って何?」
ポポがマリオの部屋に入ると、タキシードに身を包んだマリオが出迎えた。
「ポポか。実は、ダンスパーティーの招待状がピーチ姫に届いたんだ。俺達だけで行くのも何だし、ポポ達にも来てもらおうかなと思って」
「僕よりも、マルスさんやロイさんの方がいいんじゃない?」
「いや、男女ペアでという条件があるからな。リンクとゼルダ姫は来ると言っていたが」
マリオはポポに紙袋を渡した。
「着替えておいで。マルスとロイが見立てたから、デザインは安心していいよ。……たまには、相棒をびっくりさせてやれ。男前な所もあるんだぞってな」
マリオはウィンクをした。
「分かった。頑張るよ」
ポポは紙袋を抱えて、部屋に戻った。
紙袋の中には、シンプルなデザインのブラウスと青い天鵞絨のベスト、黒いスラックスといくつかの装飾が入っていた。
「うわぁ……」
一目で高級な代物と分かるそれにポポは戸惑ったが、意を決して防寒服を脱いだ。
ぽっちゃりと見えるポポだが、それは単に着膨れしているだけだ。水色の防寒服の下の体は、細身ながらもしっかり筋肉がついている。
慣れない手つきでベストのボタンをとめた時、部屋のドアがノックされた。
「は〜い!」
防寒服を適当に片付けてドアを開けると、そこにいたのはマルスとロイだった。
「やあ、ポポ。カフスボタンとかは止められた?」
「え?」
ポポが首を傾げると、マルスは苦笑した。
「やっぱり。来て正解だったね」
「手伝うよ。……それに、頭ボサボサで行きたくはないだろ?」
そんなこんなで格好を整えたポポ。
「ほら、鏡を見てご覧」
「うわぁ……これが僕?」
鏡の中にいたのは、綺麗に着飾った貴族の少年だった。
「ポポは、素材がいいから服と髪型変えるだけでこんなに変わるんだ。なかなかいいぞ」
ロイも保証してくれた。
「ありがとう、マルスさん、ロイさん」
「先に玄関に行って待ってるといい。女性を待たせるのはマナー違反だからね」
「遅れるのは女性陣だけどな」
こら、とマルスがロイをこづいた。
「うん!」
ポポは玄関に向かった。
「ポポ、似合うじゃないか。これなら貴族だと言っても通用するぞ」
先に待っていたマリオが、やって来たポポを見て言った。
「ええ。普段防寒服を着てハンマーを振り回してるとは思えませんね」
普段コキリ服を着て、たまにエプロンも着るとは思えないくらいに盛装の似合っているリンクもそう言った。
「お待たせ〜」
やがて女性陣がやって来た。
「おぉ〜」
男性陣はそれを見て、思わず感嘆の声をもらした。
艶やかに着飾ったピーチと清楚に着飾ったゼルダにはさまれて歩いてくるナナは、淡いピンクのドレスと真珠のネックレスで着飾っていて、肩のあたりで無造作に切っていた髪も綺麗に櫛削られ結ってあった。
恥ずかしそうに頬を染めているあたり、かなり可愛らしい。
「すごぉい……ナナ、すっごく似合ってるよ」
「…ありがと。ポポもカッコいいよ」
「薔薇と百合と鈴蘭か。うちの女性陣は美人ばっかでよかったな」
マリオの言葉にナナとゼルダは赤くなったが、ピーチは余裕で切り返した。
「よく言うわ。その美人に相応しい勇者様たちが」
その言葉にポポとリンクは赤くなったが、マリオはやっぱり余裕しゃくしゃくだ。
「…やっぱり経験が違いすぎるわ…」
まだ頬を染めたまま、ゼルダが呟いた。
リンク、ポポ、ナナに至ってはまだ赤くなって硬直している。
「あら、赤くなってるわ。まだまだねえ」
「この機会に、もう少し恋愛を勉強するんだな。この程度で赤くなってたら駄目だぞ」
恋愛の大ベテラン2人からの有り難いお言葉に、
「はい、頑張ります」
「……善処します……」
「が、頑張ります…」
「はい……」
恋愛若葉マークな4人はぎこちなくうなずいた。
「じゃあ行こうか」
「迎えがもうすぐ来るそうよ」
その言葉通り、豪華な馬車が屋敷の前に止まった。
「さ、乗るぞ」
マリオに促され、全員馬車に乗り込んだ。
馬車がついたのは、スマブラ屋敷に勝るとも劣らない豪奢な屋敷だった。
「ねえ、僕達、こういうの慣れてないんだけど……」
「そうね…子供には退屈な場面も多いでしょうね」
ゼルダがうなずいた。
「最初の主催者挨拶と、一番始めの曲の間だけは必ず出てね。後は抜け出してても構わないから」
「あら、慣れてるわねゼルダ」
ピーチが笑った。
「私も昔は、こういう催しを退屈がっていましたから」
「退屈なんですか?」
「この手の催しは、大半が政治のお話しと駆け引きなの。恋愛ですら利害関係でしか行わないんだから、意外に退屈なのよ。特にあなた達みたいに政治に興味のない人には」
リンクの問いかけに答えてやって、ピーチは軽く手を叩いた。
「まあ、これも人生経験よ。それに、今回のものは政治色は薄いから、そこまで退屈ではないはず。折角だから楽しみなさいな」
長々とした挨拶が終わると、テーブルに軽食が運ばれた。
「ほら、終わったわよ」
ピーチが、しゃがみ込んで遊んでいた3人――ポポ、ナナ、リンクを立たせた。
「リンク、行きましょう」
「はい」
ゼルダの手を取って、リンクはテーブルの一つに向かった。
「カッコいい……」
ポポとナナはため息をもらした。
つつましやかな姫君とそれに付き添う精悍な騎士の姿は、まるで絵物語から抜き出したように美麗で、ため息をもらしたのはポポ達ばかりではなかった。
「……ナナ、やっぱり抜け出そうか」
「うん」
リンクとゼルダの姿に気後れしたポポとナナは、お付き合いにカナッペを少しもらってからこっそりダンスホールを抜け出した。
2人は、星空の綺麗なテラスにやって来た。ここには、人の気配はない。
「ふう……やっぱり、みんなすごいね」
衆目を集めるリンクとゼルダも、着飾った貴族の中で堂々と立ち回れるマリオとピーチも。
「うん。お姫様は大変なんだね。ピーチ姫が強い理由が分かった気がするわ」
……いや、それとこれとは何の関わりもないのだが。
「やっぱり、僕達には雪山が一番だね」
「そうね」
しばらく無言で空を見上げる。
「ナナ、チョコ食べる?」
普段の習慣で持って来ていたチョコを差し出す。
「ありがと」
ナナはチョコを受け取った。いつもの事なのに、今日みたいに着飾ったナナに微笑みかけられると思わず頬が赤くなる。暗いから赤くなった頬は見られないだろうが、ポポは照れ隠しにチョコをもう一つ取り出してかじった。
(……こうして見ると、ポポって意外にカッコいいなぁ)
星空を見ながらチョコをかじるポポの横顔。見慣れているはずなのに、何だか今日は凛々しく見える。
(やだ、何考えてるんだろう私)
思わず赤くなったナナは、照れ隠しにチョコをかじる。……長年一緒にいただけあって、行動パターンが似通っている。
しばらく、星空の下には2人がチョコをかじる小さな音だけが響いた。
「……ねえナナ」
沈黙を破ったのはポポだった。
「何?」
「前から訊きたかったんだけどね」
「うん」
「ナナは、どうしてずっと僕と一緒にいるの?」
「…え?」
――僕の隣には、いつもナナが。
――私の隣には、いつもポポが。
それが、2人の「当たり前」だった。何で、どうして、そんな疑問を差し挟む余地もない程に。
なのに……どうしてそんな……
「どうして…そんな事訊くの?」
辛うじて声の震えを抑える。
「うん……僕、ずっとナナと一緒にいて、何でだろう、どうしてだろうって思った事、一度もなかった」
ポポは静かに話す。表情は、暗くて見えない。
「でも、ここに来て思ったんだ。誰かが誰かと一緒にいるのなら、『何となく』なんて曖昧な理由じゃ駄目なんだって。友情でも、愛情でも、ライバル関係でもいい、そういうしっかりした理由があるべきじゃないかって」
「……」
「僕達は一心同体だって言われるけど、僕は僕だしナナはナナだ。どうして、僕達は一緒にいるんだろうね?」
「そんな事……急に言われても……」
にじんだ涙をこっそり拭い、ナナは力無く呟いた。
……何で、そんな事を言うの。
……もう、私はいらないの。
今までの生き方が間違っていたと言われたようで、心のより所をなくしたようで、ナナは茫然としていた。
ショックだった。ポポが、半身のような存在が、今の関係を否定するだなんて。
ヒビの入りかけたナナの心に、ポポの言葉はゆっくりしみ込む。
「僕は……」
「2人とも、こんな所にいたの」
2人が振り返ると、そこにはピーチ姫がいた。
「もうそろそろダンスが始まるの。いらっしゃい」
「はい…」
「――何かあったの?」
一瞬ドキッとしたが、ポポとナナは何とか気を取り直した。
「何でもないわ」
「…そう」
何もなかったはずがないが、ピーチはあっさり引いた。
「じゃあ行きましょう」
ピーチに連れられ、2人はバラバラな気持ちのままダンスホールに戻った。
ダンスホールでは、優雅なワルツに合わせて皆が踊っていた。
「あなた達は踊らなくていいわ。慣れてないでしょうし、今踊りたくないでしょ」
「……」
ピーチの言った通りだった。
結局ポポとナナはホールの片隅で、皆が踊っているのをただ眺めていた。
「…踊らないの?」
「少し緊張してるのよ。なれたら踊るわ」
何人かが2人に声をかけたが、それはピーチとゼルダが適当にいなしてくれた。
「2人とも、少し外の空気を吸ってきた方がいいよ。また戻りたくなったら来ればいい」
様子がおかしいのに気付いたリンクが言ってきた。
「リンクは大丈夫なの?」
「ゼルダを1人にするわけにはいかないからね」
リンクは苦笑して、ポポの肩に手を置いた。
「2人がいないのは適当にごまかすよ。無理はしない方がいい――ここは俺に任せて」
また先ほどのテラスに戻る。2人の間には今まで経験した事のない沈黙と空白があった。
「ナナ……」
意を決してポポが声をかけた。
「僕は、」
「ポポのバカっ!」
ナナはポポを遮った。
「何で、何でこんな時にそんな事言うの!? そんなに私と一緒にいたくないの!?」
「ナナ? ち、違うよ、ただ僕は…」
「違わないわよ! もうポポなんて大嫌い! 1人で遊んでればいいじゃない!」
……違う。こんな事言いたくない。言いたいのはそんなんじゃない。
「ナナ、聞いてよっ」
「知らない、もう!」
一度暴走した感情はもう止まらない。
ナナは泣きながらその場を走り去った。
「ナナ、待って!」
ポポの声が聞こえたが、ナナは構わず走り続けた。
……今の自分を、誰にも見られたくなくて。
……めちゃくちゃに走り回ったせいで、もうどこにいるのかも分からない。
ナナは階段の途中に座り込んで膝を抱えた。
「ポポの…バカ……」
涙がポロポロと零れる。
ナナだって、ポポが嫌いな訳はない。嫌いなら、こんなにずっと相棒をやってはいない。
ポポは優しくて、少し頼りなくて、涙もろくて、誰よりも頑張り屋で。
ポポの事なら本人の次――いや、それ以上に知っていたはずのナナにとって、今のポポは全く理解できない存在だった。それが、どうしようもなく怖くて、寂しくて。
『ポポがいない』ただそれだけの事がこんなに恐ろしいだなんて、思いもしなかった。
……どうして、逃げてしまったんだろう。
「ナナ!」
と、階段の上からポポが走って来た。ナナは思わず逃げ出そうとしたが、それより早くポポがナナの腕を掴む。
「離して!」
「イヤだ!」
力では、ナナはポポにかなわない。2人は階段の途中で向き合う形になった。
「ナナ、これだけは、聞いて欲しい。…僕のこと、嫌いでも、いいから。聞いて、欲しい」
荒い息の合間に、ポポは必死に言葉を紡ぐ。
「僕は、ナナのこと、好きだから。幼なじみだからとか、相棒だからとか、そういう理由じゃない。ナナに嫌われてても、好きだから。だから……一緒に、いて欲しい。『何となく』じゃなくて、大好きだから」
ナナの動きが止まった。
「僕じゃ…僕じゃダメ?」
――ああ。
ナナの瞳から、一雫の涙がこぼれ落ちた。
――ポポは、いなくなった訳じゃないんだ。
「ポポ……ごめんね。大嫌いだなんて言って」
ナナは涙を拭って、少しだけ勇気を出して言った。
「あれは嘘だから。ポポのこと、大好きだから。だから……」
――ずっと、一緒にいよう。
隣にいるだけなら、今までずっと隣にいた。幼なじみとして、相棒として。
でも今日からは、少しだけ、スタンスが違う。
『相棒』だけど、『恋人』。
「じゃあ、パーティーに戻ろうか」
「うん」
――僕の隣には、いつもナナが。
――私の隣には、いつもポポが。
これが、2人のいる場所。
いつでもいるよ、君の隣に。
後書き
アンケートより「ポポナナらぶらぶ話」をお届け……ぇろげろげろげろ(吐糖)
すいません、恋愛モノは苦手なんですよ。書くのが。しかもなんだかシリアス入ったし。
「幼なじみ」という関係は心地良いけれど、曖昧なぬるま湯のような関係はいつか冷めてしまいます。
ポポとナナは、曖昧さを脱ぎ捨てて、しっかりした関係を築く勇気があったのですね。
……ぇろげろげろげろ(吐糖)
す、すみませ…やっぱり甘いのは苦手です。
修行して来ます。
オマケ
「ちょっとナナ! 化粧崩れてるわよ!」
「ご、ごめんなさい」
「ほらおいで、直してあげるから」
「はぁい」
「ポポ、結構ダンス上手だったね」
「そう?」
「うん。……あれ、襟の所、どうしたの?」
「襟?」
「あら本当。口紅がついてるわよ」
「え…………」
化粧を直して出てきたナナが、真っ赤になって走り去るポポを見て目を丸くしたそうな。
end♪