Passion Play


「よし、完成だ。これだけあれば足りるだろう」
ビンに入った赤い液体を眺めて、ドクターは頷いた。
「ではミスターを呼びに行くか……」
ドクターは少し考えて、子供の手の届かない高い棚にそれを置いて医務室を後にした。



「本っ当にごめんなさい!」
「いいっていいって。ただの事故なんだから」
肩より上げた腕を抑えたマルスと謝りたおすリンクが医務室に入って来た。
「ドクター、いますか?」
マルスが声をかけたが、無論返事はなかった。
「いないみたいだね」
「とにかく、止血と消毒はしましょう」
リンクが戸棚を開けて包帯と消毒液を取り出した。
手早く傷の手当てをし、消毒液をしまおうとリンクが戸棚を開けた時。
「わっ、地震?」
「まずい、薬ビンが割れる! リンク押さえて!」
「はい!」
二人は薬ビンが割れないように押さえた。幸い地震はすぐに止み、薬ビンも割れずにすんだ。
「ふぅ……助かった」
そう呟いたマルスの頭に大きな金だらいが、リンクの頭に薬ビンが落ちてきた。
「……ったぁ~」
リンクは涙目になって頭を押さえた。幸い帽子のおかげでガラス片はささらずにすんだが、中身をもろにかぶってしまった。
「うわ、後でドクターに謝らないと……あ、大丈夫ですかマルスさん?」
「な、何とか……」
リンクを見上げて、マルスは動きを止めた。



「……ああ、ミスターのおかげで材料が早くそろってね。我ながらなかなかの出来だと自負しているよ」
G&Wと並んで歩きながら、ドクターは上機嫌で話している。
と。
「ドクター! ミスター!」
向こう側からリンクが必死の形相で走ってきた。
「どうした? 急患か?」
「お願いです、助けて下さいっ!」
そうリンクが言った時、ふっとリンクの背後に現れた青い影がリンクを壁に押しつけた。
「捕まえたよリンク……全く、つれないんだから君は」
「……マルス?」
器用にリンクの両手を封じ、マルスはギャラリーそっちのけでリンクに迫る。
「君の全てが欲しい……その海より深い瞳、陽光より眩しい髪、薔薇より華やかな美貌……君の前では美の女神ですら恥じ入って顔を上げられないだろう」
「……っ」
ドクターは必死でその歯が浮きそうなセリフに耐えた。リンクは、意味はよく分からないながらもマルスから感じる燃え盛るようなオーラに硬直してしまっている。
マルスの右手がくいとリンクの顎を持ち上げた。熱っぽい瞳に見つめられ、リンクはさらにパニックに陥る。
二人の唇がゆっくり近付き――

ドッ!

横合いから放たれたセメントファクトリーがマルスのこめかみを直撃、たまらずマルスは崩れ落ちた。
「た、助かった……」
リンクはその場にへたりこんだ。
『大丈夫?』
「え、ええ何とか」
「と、ところで」
マルスのセリフのダメージから立ち直ったドクターは、マルスに応急処置を施しながら尋ねた。
「一体彼はどうしたんだね」
「実は……」
リンクは医務室であった事を全て話した。
「……まずいな……」
「何がですか?」
「君が浴びたのは媚薬だ。本来一滴水に垂らして飲むものを、全部頭から浴びてしまったから効果がキツくなっているんだろう」
「媚薬!?」
「ああ。私の趣味にミスターが協力してくれてね。早速実験しようと思ったのだが」
ドクターはマルスを見た。
「効果は予想以上だね」
「何とかならないんですか!?」
「うーん。私は『ワクチン』を摂取しているから何ともないが、あれは私の分しかないからな。ミスターには結局効果はないようだし」
G&Wは頷いた。
「『ワクチン』を全員分作ろう。2、3日かかるから待っていてくれ」
「そんなっ! その間俺はどうなるんですか!?」
「頑張れ、リンク」
『僕らは守ってあげられないけど』
「そんなーっ!」
リンクの悲痛な叫びがスマブラ屋敷にこだました。



「何故逃げるのだリンク!」
「何で逃げないでいられるんですか!」
ドドドド……と凄まじい足音を立てて追って来るクッパにそう叫んで、リンクは必死に走り続けた。
と、横合いからフォックスイリュージョンでリンクをさらったフォックスが華麗に踊り場に着地した。
「フォックスさんっ」
「大丈夫か、リンク?」
リンクを小脇に抱えてそう言ったフォックスだが、次の瞬間にはファイアバードで飛んで来たファルコに吹っ飛ばされた。
「俺の女に手を出すな!」
「いつ誰があなたの女になったんですかっ!?」
リンクは突っ込んだが、誰も聞いていなかった。
……いや。
「そうだっ!」
ブレイザーで階段を破壊しながらファルコとリンクの間に立ち塞がったロイが言った。
「ロイさんっ」
「リンクはオレのだ! お前らには渡さない!」
「あなたのものになった覚えもありませんっ!」
ロイに突っ込んだリンクは、ふと緑色の光球が降ってくるのに気がついた。

ズドォン!

「のわあっ!」
「グァッ!?」
それは爆発して階段を完全に破壊し、五人はバラバラに落ちていった。
(やばいっ!)
床に叩き付けられる寸前、ふわりとリンクの体が宙に浮き、ゆっくりと着地した。
「リンク、大丈夫!?」
「ああ、ネス」
リンクを救ったのはネスだった。
「うん、俺は大丈夫……って、さっきのあれはPKフラッシュじゃあ……?」
リンクが呟くと、ネスの後頭部に鳥のような影が当たってネスはばったりと倒れた。
「僕の兄ちゃんに何すんのさっ!?」
ひゅるる、と舞い戻ったブーメランを受け止めたのは子供リンクだ。
「リンク、お前もか……」
深く溜め息をついたリンクをひょいと片手で抱え上げ、ファルコンが不敵に笑った。
「心配するなリンク! 俺が守ってやるから」
「……いえ、あの。何かもういいです……」
抗議する気も失せたリンクはもう一度溜め息をついた。
「ピチュー!」
と、いきなり飛び出して来たピチューがファルコンにショート電撃をかました。
「ぐぉっ」
ファルコンの腕から離れたリンクを横合いからさらったのはヨッシーだ。
「させるかっ!」
子供リンクが火矢を放ったが、ヨッシーは怯まずつよいけりを子供リンクにみまった。
「かはっ……」
「ヨッシー!」
ヨッシーはそのまま走り去ろうとしたが。
横合いから伸びたグラップリングビームが再びリンクとヨッシーを引き離した。
「目標捕獲! これより……」
「だめーっ!」
ティンクルスターでサムスとリンクを引き離したカービィがぷっと頬を膨らませた。
「リンクはボクの!」
そのまま吸い込みを始める。
「うわーっ!?」
リンクは慌てて逃げようとするが、距離が近すぎて逃げられない!
「おやめなさい!」
そう叫んで稲妻キックを放ったゼルダがカービィを一撃KOした。
「ゼルダ!」
「リンク、早く逃げましょう!」
「ちょっとゼルダ、邪魔よ!」
サムスはゼルダにMAXチャージショットを放った。
「ゼルダ危ない!」
「……甘いわ」
が、ゼルダはネールの愛を展開してこれを反射した。
「な!?」
サムスはチャージショットをくらって吹っ飛ばされた。
「さあ、今のうちに」
ゼルダがリンクの手を掴んだ。
「あ、うん」
二人は走り出した。が、
「待ちな!」
「リンクをどこに連れてく気だ?」
最初に階段の崩落に巻き込まれた四人が、この時ようやく復活した。
「くっ……」
ゼルダもリンクもあまり足は速くない。というか、ダッシュスピードではクッパにすら劣る。
「……リンク」
くいとゼルダがリンクを引き寄せて耳打ちした。
「『フロルの風』であなたを屋上に飛ばしますから、見つからないように私の部屋まで移動して待ってて下さい」
「わかった」
「じゃあ、行って!」
呪文を唱え、ゼルダはリンクの胸に右手を当てた。瞬きするほどの間に、リンクは屋敷の屋上に立っていた。
「えーと、ここはどのあたりかな……」
身を乗り出したリンクは、ふと背後に気配を感じて振り返った。
「ミュウツー?」
いつの間にか、出現率ワーストワンのあの人(人じゃないけど)が無言でリンクを見ていた。
(コ、コワい……)
「え、えーと。何……うわっ」
いきなり体が浮かび上がったかと思うと、リンクの体はミュウツーの方に引き寄せられた。
「ちょっ、降ろして下さいよ」
リンクは手足をバタバタさせるが、ミュウツーは相変わらず無言でこちらを見つめている。リンクが泣きたい気分になった時。
「プリ!」

ドゴォッ!

高速で転がってきたプリンが横からミュウツーに体当たりをかました。
“ぐっ”
集中が途切れ、リンクの体がすとんと下に落ちる。
“邪魔をするな!”
「プリン!」
二人がそのまま乱闘にもつれ込んだのをいい事に、リンクはそっとその場を逃げ出した。



「確かこのあたりだったかな……」
ゼルダの部屋の見当をつけ、フックショットを使いながら屋敷の外壁を降りる。
「ハイ、リンク。どこ行くの?」
「うわぁっ!?」
唐突に後ろから声をかけられ、リンクは危うく落ちそうになった。
「ピ、ピーチ姫……おどかさないで下さいよ、落ちるかと思ったじゃないですか」
ふわふわと虚空に腰掛けるように浮かんでいたのはピーチだった。
「ほら、そんなとこにいないで、お茶でも飲みましょ? 今テラスには誰もいないし」
「えーと、あの~」
一見普通だが、やはりピーチも影響を受けているようだ。リンクが対応に悩んでいると。
「ピカーッ!」

ドォンッ!

「きゃあああっ!」
突如青天に霹靂が生じ、ピーチを遠くに吹っ飛ばした。
「ピカピカァ♪」
雷を呼んだ犯人――ピカチュウが愛らしい仕草で両手を振った。
「……あはは……」
リンクは乾いた笑いをあげた。
(後がコワい……)
と、誰かがフックショットの鎖を掴んでリンクを引きずり上げた。
「ピ!?」
ピカチュウは慌ててでんこうせっかで後を追おうとしたが、投げ付けられたTNTバレルの直撃をくらって吹っ飛ばされた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……でもピカチュウの方が心配なんだけど」
フックショットの鎖を巻き直しながら、リンクは返事した。
「それよりドンキーは……」
「どけーっ!」
リンクが何か言うより早く、マリオのメテオナックルがドンキーを叩きのめした。
「ふぅ。リンク、何もされてないな?」
「……話す暇すらありませんでした」
「そうか。なら良かった」
「ああ、マリオさんまで……」
リンクは頭を抱えた。ドクターが何ともなかったので、密かに期待していたのだが。
「ん? どうしたリンク、大丈夫……」
「兄さぁぁんっ!」
と、ダッシュしてきたルイージがルイージロケットでマリオを吹っ飛ばそうとし――
「のわああああっ!?」
見事に暴発、凄まじいスピードでルイージは吹き飛んだ。マリオをはね飛ばし、器用にリンクの手を掴んで、そのまま林にまで飛んでいった。
「ぐぎぇ」
顔面を木の幹にぶつけ、ルイージは気絶した。
「うわ、大丈夫ですかルイージさん!?」
かすり傷程度ですんだリンクは、慌ててルイージを介抱しようと駆け寄り――
「動くな」
後ろから剣を首筋に当てられ、その場で固まった。振り向かずとも分かる、しかしまさかこんな所にいようとは……。
「……ダーク……」
「クク、久しぶりだねリンク」
後ろから覆いかぶさるようにリンクを押さえ付けたダークリンクが、喉を鳴らして笑った。
「何をしに来た」
「クク、ごあいさつだね。少しは礼儀を弁えたらどうだい」
……人の首筋に剣をつきつけるのは、果たして礼儀なのだろうか。
「まあ、一人っきりってのは都合がいい。なぁ?」
耳朶にかかる吐息のくすぐったさに首を竦めるリンクに、ダークリンクはほくそ笑んで……
「――チッ!」
突然リンクを突き飛ばし、体を90°回転させて虚空をないだ。

――キィン!

受け身をとったリンクの近くに、斬り飛ばされた針が転がった。
「……貴様か……」
剣呑に目を細めたダークリンクの視線の先には、異国風の装束の青年が一人。
「シーク!」
「……リンクから離れろ」
「ハッ、間男が何を言う!」
色合いを違えた紅の瞳が、凍える殺気を湛えて絡み合う。
「失せろ」
「消えろ」
同時に地を蹴る。
「……え、と……」
何となく置いていかれてしまった形のリンクは、しばらくその攻防を眺めていたが。
「とりあえず、ルイージさんを医務室に連れて行こう……」
ルイージを引きずって、その場をこっそり立ち去った。



幸い誰にも見つかる事なく、リンクは医務室にたどり着いた。
「ドクター、すみませんがルイージさんを……それは?」
「『ワクチン』の材料。ルイージはベッドに置いておいてくれ。診ておくから」
慎重に黒い粉を混ぜ合わせながら、ドクターが目を離さず答えた。
「用が済んだら、なるべく早く出ていってくれないか。君目当ての連中に、ここで暴れられては困るからな」
「……ああ、味方が一人もいない……」
肩を落としながら、リンクは医務室を後にした。
「あ」
「リンクだ」
と、ポポとナナが走りよってきた。
「え……」
迂闊だった。早めにリンクを医務室から追い出したドクターは正解だったようだ。
「リンク~!」
二人は甘えるようにリンクの手を取る。普段ならば微笑ましいのだが……いかんせん、理由が理由だ。
「あー、二人とも……」
リンクが何か言うより早く。
「ちょっとポポ、リンクから離れなさいよ!」
「ナナが離れればいいじゃないか」
やはりというか何というか、二人は喧嘩をし始めた。
「何よ、ポポの馬鹿!」
「そっちだって!」
そしてスマブラメンバーの例に漏れず、乱闘を始めた。
「えいっ!」
「ふんっ!」
ナナの放ったアイスショットをクイ打ちで砕き、返す刀……いや、ハンマーでナナを狙う!

ゴッ!

鈍い音を立てて二人のハンマーが噛み合う。
「っくう……」
力で僅かに劣るナナが少しずつ押し負けていく。リンクは仲裁に入ろうとし、
「! 危ない!」
「邪魔だ餓鬼共!」
リンクの忠告も間に合わず、烈鬼脚を放ったガノンドロフは二人を吹っ飛ばした。
「貴様っ!」
「邪魔だ。医務室の真ん前で暴れるな」
剣を抜いたリンクに面倒臭そうに言う。……違和感。
「……ガノンドロフ?」
「何だ」
「声、変だぞ」
何だか、鼻にかかったような感じがする。
「風邪を引いて、鼻が詰まっているだけだ。いいからそこをどけ」
「あ、ああ……」
リンクが脇にどくと、ガノンドロフはリンクを無視して医務室に入っていった。
「ガノンドロフが、風邪……」
リンクは呆然と医務室の扉を見つめた。……明日は槍でも降ってくるんじゃなかろうか?
と、いい匂いとは言えないが嫌な臭いとも言い切れない奇妙な臭いが漂ってきた。
「……これは……」
確か、ドクターがさっき混ぜていた粉の臭い。
「……そういえば、ガノンドロフは普段通りだったな」
風邪以外は。
そこまで考えて、はっとリンクはある結果に思い至った。
人とはあらゆる面で違いまくるG&W。『ワクチン』の奇妙な臭い。ガノンドロフの風邪。
「……まさか……」
この惚れ薬って。



「ピィカ!」
廊下を駆け抜けるリンクを目敏く発見したのは、やはりピカチュウだった。
「ピチュ!」
「ヨッシー!」
次々に他のメンバーもリンクに気付く。 (とにかく、誰かに捕まるより早くあそこにたどり着かないと……)
剣を手に全速力で走るリンクは、何故か青い服を着ていた。
……単純にスピードで言えば、リンクは大半のメンバーに敵わない。目的の場所にたどり着くまでに誰かに追いつかれてしまうのだが。
「邪魔よっ!」

ドガァ!

「うわあっ!?」
皆で潰し合ってくれるせいで、何とか逃げ続けていられる。
サムスのグラップリングビームや子供リンクのフックショット、ヨッシーの舌に気をつけていれば捕まりはしないし、ピカチュウ達のように高い機動力を活かすものは逆にマークが厳しすぎてリンクに近付けないでいる。
そんな暴走にもにた爆走を続けていると、ついに目的の場所にたどり着いた。
「はっ!」
悠長にドアを開けている暇はない。リンクはドアを一太刀で斬り飛ばし、止める間もなくそこに飛び込んだ!



「……ほほう、考えたものだな」
プールサイドにしゃがみ込んだドクターは、水中のリンクに向かってそう言った。
「フェロモンによる誘引作用を断ち切るには水、か。確かに、我々は水の中では嗅覚は働かないからな」
そう。
原因が何かの匂いだと感づいたリンクは、それを断ち切るために水中呼吸のできるゾーラの服を身に着けてプールに飛び込んだのだ。
今は全員元に戻って、いつもの生活に戻っている。
「しかし、一体どうやってそれに気付いたのかね」
『ガノンドロフに会った時です。あいつは普段と変わりませんでしたから』
「ああ。……そうそう、『ワクチン』は明日には完成するぞ。それまではミスターが面倒を見てくれるそうだ」
ビッとG&Wが頷いて、プールの中のリンクに手を伸ばした。
『……』
「?」
G&Wの様子がおかしい。
『……ミスター?』
リンクが声をかけると、G&Wはいきなりプールに飛び込んだ。
『何でーっ!?』
「ふむ……ミスターにはこうすると効くのか」
『メモってないで助けて下さいっ!』
水中では剣は使えない。必死でG&Wから逃げ回りながらリンクは叫んだ。
「まあ、頑張ってくれ」
『そんなーっ!』



……リンクの受難は、しばらく続きそうだ。





後書き



な、長かった……。

リンク総受けギャグです。リンクはみんなの人気者♪(笑)
そして珍しくオールスターです。……え、違うのが混じってる? 気にしちゃダメよvV
つかガノンが風邪とか有り得ませんね。書いてて自分で突っ込み入れましたもん。

この話を書いてて、どこかで聞いた媚薬を浴びた男の話を思い出しました。彼は女性に群がられ引き裂かれてしまったそうです。
トリスタンとイゾルデを例にしても、媚薬から始まった恋は例外なく破滅するのです。
皆さん、恋はクスリに頼ってはいけませんよ。



ちなみに。
タイトルは「受難劇」という意味です。まさしくその通りですなリンク?