雨の日のカノン


朝食を終えてすぐに、夢花の仕事は始まる。
「らんた、らんた、らん♪」
鼻歌を歌いながら、手にした箒で玄関ホールを掃き清める。ここは真っ先に綺麗にしておくようにと言われているのだ。
ゴミを集めてチリトリに入れ、モップで床を磨く。玄関ホールの掃除が終わった頃、いきなり雨が降り出した。
「あら、困ったわね」
雨の日は一番掃除が大変だ。湿気は埃を固めるし、子供達も床を泥で汚してくれる。
まぁ仕方ないかと少しだけため息をついて、夢花はモップを洗う。自然に文句を言っても始まらない。
「じゃあ、次は2階の廊下ね」
掃除セットを持って階段を上がる。こんな日は、1階より汚れる頻度の少ない2階の方を先に掃除するに限る。
「まずはあっちの方からね」
とにかくこの屋敷は広い。2階、それも廊下だけを掃除しても2時間はかかる(各部屋はそれぞれの持ち主が掃除することになっているので、夢花が掃除するのは共有スペースのみだ)。
「ふぅ、これで2階は終わりっと。じゃあ次は1階……」
夢花が掃除セットを持って移動しようとした時。
「早く持って来てよ〜!」
「分かってるって!」
バタバタという足音と共に、ポポとナナが階段を駆け上がってきた。夢花の側を通って自室に入り、しばらくして大きめの箱を持って出てきた。
「早くーっ!」
「今行く!」
階下からの声に応えて、2人は元来たように1階に降りていった。……2人分の茶色い足跡を残して。
「あら、また汚れちゃった」
夢花はあらあらと頬に手をあて首を傾げた。2人の部屋はそこまで奥の方ではないため、汚れた範囲はそこまで広くはないのだが。
「また掃除しなくちゃね」
夢花はモップを洗い直した。



2階と階段の掃除を終え、1階に戻って来た夢花が見たものは、足跡だらけの廊下だった。
「まあ、先に2階の掃除をしておいてよかったわ」
1階からやっていたら、いつまで経っても2階に取りかかれなかったろう。
泥は少し乾いて、床にこびりついている。夢花は少し水気の多いモップで力一杯床をこすった。
何とか目立つ汚れを落とし、ほっと一息ついた時。
「ご飯ですよ〜」
リンクの声がした。
「はぁ〜い!」
夢花が何か反応を返すより早く、リビングから飛び出してきた子供達が先を争うようにキッチンに向かって走り、形も大きさも様々な足跡をペタペタとつけていった。
「あら、また汚れちゃった」
あらあらと頬に手をやり首を傾げて、夢花はモップを――
「あー、そこはもうお昼食べてからでいいわよ。どうせ他の皆も来るからまた汚れるし」
「あら、そうですか?」
ピーチに止められて、夢花は掃除を中断する事にした。



今日のお昼はカルボナーラだった。
ピチューがひっくり返した分も綺麗に片付けて、掃除しかけの廊下に戻ると。
「あらあら、まあ」
廊下は足跡展示会場となっていた。
無論、こんな所でそんなもののエキシビジョンなどやる訳にはいかない。バンダナを締め直して、夢花は床を磨き始めた。
泥はすっかり乾き、なかなか落ちにくい。それでも何とか落とし、夢花がもう何度目になるか分からないバケツの水変えに行く途中。
「……はい、用件はおうかがいしております。こちらにどうぞ」
フォックスが玄関の扉を開けて、客を中に迎え入れていた。
(あら、お客様だわ)
フォックスが彼らを応接間に通すのを待ってから、夢花は玄関ホールに向かった。前庭は通路に石を敷いてあるのでそんなに泥はついていないが、傘や上着などから滴った水がホールの床に溜まっていた。
玄関マットを外に運んで水をかけて洗い、床の水を拭き取って、傘の水も乾いた雑巾で綺麗に拭う。傘立ての底に溜まった水を捨て、傘と玄関マットを戻せば完了だ。
「さ、続きやらなきゃ」
まだ掃除していない廊下とリビングの掃除に向かう。リビングにはカーペットが敷いてあるため、モップではなく掃除機を使うのだが、広い上にコンセントが壁際にしかなく、家具――ソファーやテーブルなど――が結構ある。暇を持て余していたドンキーに手伝ってもらい、何とかリビングの掃除を済ませる。
「ふぅ」
夢花は額の汗を拭った。
「少し休憩したらどうですか? 働き詰めだと体を壊しますよ」
リビングに入って来たリンクが声をかけた。
「どうです、お茶でも。……ドンキーにはバナナがあるよ」
「食べる!」
「あ、じゃあ私も」
暖かい紅茶をもらって、夢花は少し休憩する事にした。
「ここの掃除は大変でしょう。特にこんな雨の日は」
「そうですね。でも文句を言っても何も変わらないし……それに、お掃除って結構楽しいですよ」
夢花が笑ってそう言った時。
「こらっ、さっさとお風呂に行きなさい!」
サムスの怒鳴り声がしたかと思うと、ずぶ濡れになった子供達がきゃらきゃらと笑いながら廊下を走っていった。
「あら、また汚れちゃった」
夢花はあらあらと手を頬に添えて首を傾げた。
「……お疲れ様です」
また掃除セットを持って廊下に向かう夢花に、リンクが苦笑しながらそう言った。
「私は平気ですよ。だって、とってもやりがいがありますから」
ごちそうさまでした、とカップをリンクに返して、夢花は再び掃除に取りかかる。
「さ、お掃除しなくっちゃ」





後書き



夢花さんの雇用記念です。
すみません、やたら遅れまくった上にこんな駄文書いて(汗)
こんなので良ければどうぞ。