赤いソファー


「なぁなぁおっちゃん、何しとん?」
後ろからかけられた絡むような声に、ファルコンは億劫そうに振り向いた。
「見りゃ分かるだろ、車の修理だ」
声をかけてきたのは、まだ若い女だった。水色のバンダナと赤いリストバンド、くすんだ緑色のコートというややものものしい出で立ちが、彼女が普通の女でないことを物語っている。その短い黒髪のように、癖があって扱いにくいイメージ。
「壊れたん?」
「じゃなきゃこんな事しないだろ」
「苦労しとるみたいやな」
「道具がこれしかないからな」
自前の万能型折り畳みナイフをくるくると指で回してみせる。
(……それにしても、一体何がしたいんだ?)
ナンパかとも思ったが、それにしてはファルコンより車の方に目を向けている。
「なあ、この近くに車を直せそうな所はあるか?」
「ないよ。生憎やけど」
女はひょいと肩をすくめた。
「なんだったら、私が直そうか? これでも機械いじりは得意なんよ」
「……はぁ?」
ファルコンは目を丸くした。
「んで、どんな感じで悪いん?」
「いや、エンジンがかかりにくいだけだが……っておい!?」
ボンネットの中を覗き込む女を、ファルコンは慌てて引き戻した。
「何してるんだ!?」
「何って……見ないと分からへんやろ」
あっけらかんと言ってのけ、ファルコンの手からナイフを抜き取った。
「これ借りるわ」
「おい」
ナイフの刃先で器用にエンジンのカバーを外し、さらに身を乗り出して中を覗き込む。
「ふむ……コードの接続もオイルフィルターの目も問題なし……ポンプや冷却水も大丈夫やな……ん?」
指先についた油をじっと眺め、女は会心の笑みを浮かべた。
「なあ、雑巾か何か、汚れてもいい布はないん?」
「あるが……」
ファルコンが雑巾を渡すと、それでエンジン内を拭い始めた。
「何してるんだよ」
ファルコンの鼻先に、黒く汚れた指が突きつけられた。
「この車、ちゃんとメンテしとる?」
「いや、人手が足りなくてな。一応やってはいるんだが」
「原因はメンテ不足や。見てみい」
指先の油汚れをこすると、微かにジャリッという音がした。
「これは砂やない、金属粉や。エンジンは構造上金属の摩擦が多いから、ちゃんとメンテしとらんと部品同士の摩擦で生じた金属粉が溜まるんよ。それが、中途半端に残っとった潤滑油と混ざってあちこちにくっついとった。だからエンジンがかかりにくくなっとったんや。故障やあらへん」
そう言うと、再びエンジンの汚れを拭う作業に取りかかる。
「本当は潤滑油吹き付けるついでに洗い流すもんやけどな。道具がないから、つまっとる所だけ軽く拭いとくわ。どっか修理できる所に着いたらちゃんとメンテしてやりぃや」
汚れるのも構わずに丁寧に細かい部分の汚れを拭うその手つきは、技師特有の機械に対する愛情というか情熱のようなものを感じさせた。ファルコンは感心してその様子を眺める。
「……OK、こんなもんやろ。エンジンかけてみぃや」
「分かった」
キーを回すと、あれだけ言うことを聞かなかったエンジンが嘘のようにあっさりと動き始めた。
「動いた……」
「よかったな。これで一件落着や」
汚れた手を雑巾の汚れていない部分で拭きながら、女は嬉しそうに笑った。
「いや、助かった。ありがとうな」
「礼には及ばんよ。単に機械いじりが好きなだけやし」
「それにしてもすごいな。修理工でもやってるのか?」
「いや。今は特に仕事もないし」
ファルコンはしばらく考え込んだ。
「なら、よければうちで働いてみないか? 今絶望的に人手不足でな、特にあんたみたいな腕のいい技術者は大歓迎だ。なんせ直せる奴はいないのに、壊す奴は大勢いるからな」
ファルコンが訊ねると、女はぱっと顔を輝かせた。
「そりゃ渡りに船やな。ちょうど今就職活動中やし」
「そいつはよかった。んじゃ、よろしく頼むわ。これが連絡先な」
ファルコンからメモを受け取り、女は怪訝そうな顔をした。
「スマブラ屋敷? あの?」
「……『あの』ってのがどういう意味かはあえて訊かんが、そうだ」
「そりゃ物も壊れるやろうなぁ……んで、給料とかはどんななん?」
「それは俺の管轄外でね。詳しくは他の奴に訊いてくれ。ま、払いを渋ったりはしないだろ」
「ふーん……OK、明日行ってみるわ。どうせ面接あるやろうし、だったら最初から直接行った方がお互い手間が省けるやろ」
「ああ、そうだな。待ってるよ」
エンジンをかけて車を発車させ、少し動いた所でファルコンは再び車を停めた。
「そういえばまだ名前聞いてなかったな。何ていうんだ?」
「レーツェル」
「レーツェルか。じゃ、また明日な」
「ああ」
砂埃を上げて走り去る車に向けて、レーツェルは小さく手を振った。
「……それにしても、スマブラ屋敷ねぇ」
メモをもう一度眺めて、レーツェルはそれをポケットにしまった。
「やたら派手な噂ばかり聞くけど、どんな所やろか。楽しみやな」





後書き



(まず「音速の館」の方を向いて土下座)
レーツェルさんごめんなさい。本当にあの絵をネタにしてしまいましたorz
この駄文をもらって行って構わないので許して下さい。

……よしっ(何が

というわけでレーツェル女史のスカウト話です。
ちなみに、車のエンジンについてはちゃんと親父の持ってた車の本(古いけど)を参考にしました。
いや、ファルコンがガソリン車を運転するのか? って突っ込みは正しいですよ。単にガソリン車に乗ってる私がそれ以上の文明世界の乗り物を設定しきれないだけで(爆)
私はSFよりファンタジーが好きです。だから魔法の設定の方が(以下略

タイトルについてですが、全く意味はありません(爆)
単にこの歌を聴きながら書いたってだけで。
こんなものイメージソングにしたら裏行きになりますって、絶対。