空中スタジアム



――ここは、空中スタジアム。
選ばれし戦士達がその人智を超えた腕を競う場所。
その壮絶にして華麗なる戦いはあらゆる者をとりこにし、熱狂の渦へと巻き込む。
……そして、今日もまた、空に歓声が沸き起こる。



熱狂する観客の声に応え、ドレスをまとった美女2人が微笑みながら優雅に手を振った。
ピーチとゼルダだ。
美しい姫君であり選ばれた戦士でもある彼女らへの人気は高い。……とはいえ、今回の対戦には彼女達の出番はない。
2人が特別観覧席についてすぐ、どこからかフィギュアが飛んできてスタジアムの中央から少し外れた場所に落ちた。それは目映い光を放ち、フィギュアであったとは思えないほどの滑らかさで動き出した。その目には、遠目にも強い意志が見てとれる。
――マリオ! マリオ!
赤い帽子をかぶったオーバーオールの男は、観客の声援に応えて軽くファイティングポーズをとった。
すぐに反対方向からフィギュアが飛んできて、マリオと同じように光をまとって動き出す。今度は人間ではない。ピンク色の丸い体に小さな手足のついた可愛らしい生き物だ。
――カービィ! カービィ!
カービィは声援に応えて小さな体をせいいっぱいに伸ばし、笑顔で両手を振った。
そう、今回の対戦者はこの2人。
スタジアムの巨大スクリーンいっぱいにファイティングポーズをとって向かい合う2人と炎の演出が踊る。……カービィの見た目が可愛らしいせいで微妙に緊迫感が削がれているが、コピー能力という特殊な力と高い空中機動力を持つカービィの実力は全員が知っている。
『Ready, Go!』
試合開始の合図と共に、2人は同時に地を蹴った。



「いけ! いけ! そこだっ……あぁ、かわしたっ!」
興奮した少年の声が無人の広間に響き渡る。
空中スタジアムよりもさらに高みにある天空界。女神の神殿の一角にある水鏡を一心に覗き込む1人の天使がいた。
彼の名はピット。光の女神パルテナの親衛隊長である……が、今は仕事中、つまり女神の身辺警護をしなければならないはずなのだが。
まぁ、通常は天空界になど来られない上に、彼の弓の腕前は広く知れ渡っている。そんな彼に挑むならず者などまずいないだろう。
「よし、いけっ! ……やったぁ!」
水鏡に映し出されるマリオとカービィの白熱した戦いに、両手をぶんぶんと振りながら熱い声援を送る彼の姿は、背に白い翼があることを除けばスタジアムの観客とさして変わりはなかった。



「やっ!」
「うわああああっ!」
マリオの放ったファイア掌底がフィニッシュとなり、カービィは空高く吹き飛ばされた。一拍置いて、ゴトンとフィギュアが落ちてくる。……カービィだ。
沸き起こる歓声の中、マリオはつかつかとフィギュアに歩み寄ってその底のプレートに軽く触れる。触れた場所から光があふれてフィギュアを包み、光が消えた後には先ほどと変わらない様子のカービィがいた。
「良かったよ」
「あーあ、負けちゃった」
マリオが差し出してきた手を、笑いながらカービィが握る。再び歓声が上がり、ピーチとゼルダも笑いながら惜しみない拍手を送った。
「……あれは?」
ふとゼルダが険しい表情になって空を見上げた。マリオとカービィ、観客達も異変に気付いて空を見上げる。



――空が、紅く染まっていた。
夕焼けや朝焼けの色ではない。どこか禍々しいものを秘めた、嫌な赤だ。
そこから、大きな影が滑るようにスタジアムに近付いてきた。
「……ハルバード?」
カービィがつぶやいた。
彼のライバルであるメタナイトが所有している戦艦だ。よく乗り込んだり壊したりしているのだ、見間違えるはずがない。……もっとも、その時にはこんな風に嫌な雰囲気をまとってなどいなかったが。
ハルバードはそのままスタジアムの上空を通過する。下部ハッチが開き、そこから何かが零れ落ちてきた。
「何だ……あれ」
マリオが眉をひそめた。
それは濃い紫色をした何かの虫とも胞子ともつかない奇妙な物体だった。はっきり言って気持ち悪い。
雪のように降り注いだそれは、ポコポコと集まってひと塊になると人の形のようなものをとった。スタジアムのあちこちで、それらが生まれてぞくぞくとマリオとカービィを取り囲む。
「……いけません! ピーチ姫、あれは敵です!」
「いきましょう!」
2人は観覧席を飛び出し、ゼルダはフロルの風でマリオ達の近くまで転移した。続いて空中浮遊でスタジアムの上を突っ切ってきたピーチがパラソル片手にふわりと降りてくる。
突然の乱入者にも微塵の動揺も見せず、それらはただ淡々と4人に襲い掛かってきた。



それらは、マリオ達4人と比較してあまりにも弱かった。まるで刷り込まれた行動を再現するかのように歩いて殴る。で、たまに跳ぶ。この繰り返しだけなのだ。
誰かがダッシュして近付いてもすぐには反応を見せず、誰もいない場所でひたすらパンチを繰り返すものもいる。たまにブーメランを投げつけてくるものもいたが、あまり速度が速くない上にゼルダに跳ね返されてしまい、そこまで役には立っていない。
途中から、電池のようなものを背負った雲が出てきた。ふわふわと上空を飛び回って時折電撃をくらわせてくるが、空中戦に長けたカービィの敵ではない。彼はすぐさま本体より上の装置を狙った方が効率がいいことに気付いてそこを狙って攻撃をくりだすようになった。
「何なのかしら……これ」
最後の一体がスタジアムから叩き落されるのを眺めて、ピーチが不安そうに呟いた。
敵の攻撃には、ことごとく意志のようなものが感じられなかった。まるで、戦うためだけに創られた人形のようで。
(私達にもし心がなかったら、こんな風になるのかしら?)
どれだけ生身の人間のように思考することが出来てもフィギュアである身、それはとても恐ろしい考えだった。オリジナルと同じだけの自我を持たせてくれたマスターハンドに、心の底から感謝したい気分だ。
「……!」
かすかに響いたモーター音に、マリオが再び空を仰いだ。
近付いてくるのは、巨大な球体をぶら下げた緑色の人影だ。目深にかぶったフードの奥で、輝く2つの瞳がスタジアムから見上げるマリオの目と合った。
「誰だ!」
『……エインシャント卿。ソウ呼ブトイイ』
性別すら分からない、機械で合成されたような声。意図の読めないその声は、淡々と続ける。
『コノ空中スタジアムハ、亜空軍ガイタダク』
ガチャン。
小さな金属音と共に、エインシャント卿と名乗る人物がぶら下げていた球体が落ちた。赤くデカデカと×印の描かれた怪しいそれは、落下の衝撃にも壊れることなく転がった。どこからともなく現れた2体のロボットが、その両端を持って同時に引っ張る。開かれたその球体の中には、黒い光――恐らく、この形容が最もそれに合っている――が渦巻いていた。その下には、デジタル時計のようなものがついていた。
【3:00:00】
ピッという小さな音がして、その数字がどんどん減っていく。エインシャント卿は小さくうなずいて、そのままハルバードの後を追って姿を消した。
「……まずい! 3分後には何かが」
そう言いながら振り返ったマリオの眼前には、どこから飛んできたのか、巨大な砲丸が迫っていた。
明らかに、彼を狙ったもの。
まともにそれの直撃をくらってしまい、叫ぶことすら許されずにマリオは空の彼方に吹き飛ばされた。
「マリオ!」
カービィは後を追おうとしたが、マリオは雲にまぎれて見えなくなってしまった。まぁ、フィギュアに戻っていたから、余程のことが無い限り大丈夫だろう。
「……きゃああああっ!」
直後に後ろから響いた悲鳴にカービィが振り返る。
そこには、ボスパックンが立っていた。それだけなら特に問題はないのだが、問題はその両手。
その両手にぶら下げられた巨大な鳥カゴには、それぞれピーチとゼルダが閉じ込められていた。
……いつの間に閉じ込められたのやら。『姫は敵にさらわれて捕らえられなければならない』というファンタジーの法則をきっちりと守った鮮やかな捕まりっぷりだ。
「グオオオオオオオオンッ!」
ボスパックンが吠える。
……マリオはいない。ピーチとゼルダは戦えない。となれば、選択肢は一つ。
カービィは自分の何倍もある巨体に、果敢にも向き合った。



ブンッ!
ボスパックンの腕の一撃を、カービィは軽くとんでかわす。
大降りで準備モーションも分かりやすいボスパックンの攻撃は、かわすこと自体は問題ない。
「きゃあああっ!」
ただ、その度に鳥カゴが振り回され叩きつけられる。中に入っているピーチとゼルダは、その衝撃に耐えるので精一杯。脱出を試みるどころかカービィの援護すらままならない。
(早く助けなきゃ!)
悲鳴と金属のこすれる嫌な音をBGMに、カービィはパックン本体よりもカゴを持つ腕を先に狙うことにした。
「これでっ……どうだ!」
バギッ!
カービィの振るったハンマーの一撃が、ボスパックンの左腕をカゴごと叩き壊した。
「グオオオオォォォオオオンン……!」
そのダメージに耐え切れず、ボスパックンは倒れながら爆発する。その爆炎の中から飛び出してきたカービィとピーチはスタッときれいに着地した。
「ワッハハハ、やっぱりあれじゃ弱すぎたか!」
と、無人になった観客席からでっぷりと太った男がスタジアムに飛び降りた。
――ワリオ。
ギザギザのヒゲが特徴的な、どこかマリオに似た風貌。見慣れない大きな銃のようなものを担いでいるが……?
いかにもワルな感じの顔に嫌な予感がしながらも、どうしていいか分からず二人は立ち尽くした。
「ふむ……」
事態がよく分かっていない2人を眺めていたワリオは、目の端に動くものをとらえてそちらに顔を向けた。
「……うぅ……」
ひしゃげた鳥カゴの隙間からようやく外に這い出したゼルダが、燃えるボスパックンの煙にむせながらも何とか立ち上がろうとしていた。
……そう、彼女は1人。しかも、弱っていてこちらに気付いていない。
ニヤリと笑ったワリオは、銃口をそちらに向けて引き金を引いた。発射されたのは、レーザーでもミサイルでもなく、黒い矢印。それが、ハッと顔を上げたゼルダの体を貫いた。
「……!」
声にならない悲鳴を上げて、ゼルダはフィギュアに戻る。ワリオは素早くそちらに駆け寄ると、ゼルダを元に戻すことなく肩に担いだ。
「じゃあ、コイツはいただいていくぞ」
そのままくるりときびすを返して逃げ出す。
「ま、待って!」
いくら2人がお気楽な思考回路を持っていたとしても、これだけされれば彼が味方かそうでないかくらいは判断できる。
ピーチとカービィは慌ててワリオの後を追う。途中、あの奇妙な装置のそばを通りかかったとき、カービィがふとそちらを見た。
「……あ」



――ピッ。



起動からきっかり3分後。
それは、爆発した。



黒い光はどんどん膨らみ、周囲にあるあらゆるものを飲み込んでいく。
空中スタジアムがあった場所にぽっかりと穴のようなものが開き、その向こうにはあの何とも言えない黒い光が渦巻いている。まるで、そこだけスプーンか何かでえぐりとられたかのように。
どんどん広がっていくその穴から、一筋の光が飛び出した。