遺跡
遺跡の中は薄暗かったが、照明システムが生きていたため足元が見えないということはなかった。
「すごいね」
ところどころに木の根が這い回っていたり埃にまみれていたりはするが、照明や昇降機をはじめとする様々な機能は未だに健在だ。あちこちから、装置を動かしている歯車の回る音が聞こえてくる。
……そして、プリムや様々な色の線で描いた棒人間のようなものも。
「トレーナー、あれ何?」
「……マイトだね。色の違いは能力に影響ないみたいだ。そんなに強くないけど、数が多いから気をつけて。……蹴散らすんだ、ゼニガメ」
「ゼニ!」
ゼニガメはからにこもるで近寄ってくるマイト達を吹っ飛ばした。
遺跡の機能がほとんど生きているということは、防犯システムも生きているということだ。敵に加えて遺跡を守るための隔壁や動く壁が2人の行く手を阻む。
動く壁に注意し散発的に襲ってくる敵を蹴散らしながら進むと、いきなり壁の質感が変わった。
「……ここから先は、遺跡とは違うのかなぁ」
「どうだろう……でも、人の手が入っているのは確かだよ」
確かに岩盤がむき出しになってはいるが、その表面は石材のように滑らかに磨かれている。この昇降機を作るときに、この岩盤を活かすように作ったのだろう。
2人は気をつけて昇降機に乗った。
しばらく降りると、穴の下の方からキラキラ光る何かが近付いてきた。
それは、岩盤を突き破った巨大な水晶の花だ。照明のわずかな光を反射して、幻想的に輝いている。
「うわぁ……綺麗」
ここだけ岩盤をそのまま活かした理由はこれだろう。これを折り取ってしまうのは、あまりにももったいない。
「ゼニガメ、さわるな。鋭いから危ない」
水晶の独特な結晶の先端は、槍のように鋭い。トレーナーの声に、興味津々で水晶に近付いていたゼニガメは手を引っ込めた。
と、唐突に上から2つの影が降ってきた。プリム……にしては、何だかメタリックで足音も重い。
そいつらが着地した衝撃で、少し不安定だった昇降機はガクンと大きく傾いた。
「うわっ!」
トレーナーがバランスを崩して転がっていく。その先には……鋭い水晶の花!
「ゼニ!?」
慌ててゼニガメがトレーナーの手をつかみ、何とか串刺しは免れる。が、そこにプリム達が迫る。
「おっ、お前達の相手は僕だ!」
リュカはPKファイアを放ってプリム達の注意を引きつけ、ちょうど反対側からせり出してきた水晶に向かって投げ飛ばした。金属っぽい体でもダメージは通ったらしく、弾けて消えるプリム達。
同時に、重量バランスの安定した昇降機が平行になった。
「あ、危なかった……」
トレーナーが息をついたのも束の間、今度は音もなく両側から水晶がせり出してきた!
「こんなものまで防犯システムにしたのかーっ!」
串刺しにならないよう、トレーナーとリュカは昇降機の上をあちこち動き回った。
何とか串刺しにならずに一番下まで降りる。リュカもトレーナーも、疲労困憊といった顔でその場に座り込んだ。
「……綺麗、だったけど……」
「死ぬかと思った……」
そんな2人に休息の時間を与えないように、上からバイタンが降ってきた。ただし、サイズは動物園で見たものの数倍以上。トレーナーもリュカも比較的小柄ではあるが、それでも見上げるような大きさだ。
「………ぃ」
トレーナーが肩を震わせて何か言った。リュカが恐る恐る様子をうかがうと、トレーナーは普段と違う子供っぽい態度で指を突きつけた。
「お前らずるいぞ! 俺達は必死で串刺しにならないようにしてたのに、お前らだけ無傷で落ちてくるなんて!」
「確かに……」
「ゼニゼニ」
リュカとゼニガメはうなずいた。が、バイタンは当然ながらそんなものは歯牙にもかけない。リュカとゼニガメはバイタンに向かっていった。
松明が燃える、薄暗い遺跡の通路。
その中央に、フィギュアが1つ置かれていた。
「フシギソウ!」
トレーナーがモンスターボールを投げる。フィギュアは赤い光になってボールに吸い込まれ、トレーナーの手に戻った。
「やったね!」
「ああ、後はリザードンだけだ」
フシギソウを収めたボールを手に、トレーナーが表情を輝かせた。
「ゼニガメ、今までありがとう。ここからはフシギソウに代わってもらうから、お前は少しボールの中で休んでてくれ」
ゼニガメをボールにしまい、フシギソウを代わりに出す。
「フシー!」
トレーナーを見たとたん、フシギソウはダッシュでトレーナーに向かって飛び掛った。リュカは慌てたが、トレーナーは慣れた様子で一歩下がって腰を落とし、フシギソウを両手で受け止めてやった。
「はは、ごめんなフシギソウ。さびしかったか?」
「フシ、フシ」
ご機嫌でトレーナーに擦り寄るフシギソウ。フシギソウの頭や体をなでてやりながら、トレーナーがリュカに言った。
「こいつはちょっと甘えん坊なんだ。でも、ちゃんと戦闘では頼りになるから大丈夫。ゼニガメより素早さは低いけど、リーチが長いし飛び道具もある。なかなか強いぞ」
「フーシ」
握手のつもりなのか、フシギソウがツルをリュカに向かって伸ばした。リュカがそれを握ると、ツルは再びフシギソウの背中の蕾の根元あたりにしまわれた。
「よろしくね、フシギソウ」
「じゃ、先に進もう。この分だとリザードンもいるかもしれない」
2人はさらに奥を目指した。
奥は、いくつもの隔壁に阻まれていた。
順番に隔壁を解除していかなければならないのだが、一定時間が経つと再び隔壁が降りてしまう上に、何故かやたらとバイタンがいる。
「リュカの方が足が速いから、スイッチを押してくれる? 露払いするから」
「うん」
フシギソウのツルでバイタンをまとめて追いやり、スイッチを押したリュカがその合間をぬって走る。2人と1匹が駆け抜けるのとほぼ同時に、ズンと隔壁が落ちた。
「これであいつらは追ってこれないね」
「うん、まぁ……だけど、問題が」
「何?」
トレーナーは難しい顔でうなる。
「この隔壁、こっち側からは開けられないみたいだ」
「……って、ことは……」
「帰り道がないかも」
「ええっ!?」
リュカは驚いた。慌てて隔壁を叩くが、分厚い壁はびくともしない。向こう側ではバイタン達も体当たりしているのだろうが、その衝撃すら伝わってこない。
「困ったな、今回はあなぬけのひもも持ってないし……とにかく、奥に行こう。出口なり、隔壁を操作するスイッチなりがあるはずだし」
「う、うん」
リュカはぎこちなくうなずいた。……そんなものはなかったり、壊れていたりして使えない可能性も十分にあるのだが、そんなことを言ってリュカを怖がらせるのはよくないだろう。ただでさえ臆病な少年なのに。
とりあえず、悪いことは考えないようにしてリュカを促した。
グォオオオン!
と、すぐ近くで吠え声がした。多少反響でこもってはいるものの、トレーナーには聞きなれた咆哮。
「……リザードン!」
トレーナーは駆け出した。
角をまがってすぐ、少し開けた場所に、リザードンがいた。こちらに背を向けて、何かを攻撃している。
「リザードン!」
呼びかけながらその背にかけよる。リザードンは振り向き、トレーナーの姿を認めて口を大きく開く。
ゴウッ!
その口から、トレーナーめがけて灼熱の炎が吐き出される!
「……え?」
炎がトレーナーを燃やし尽くそうとする直前、素早く伸びたツルがトレーナーの手足に巻きついて引き戻した。
フシギソウが、呆然とするトレーナーをかばうように立ちはだかり、リュカがトレーナーを抱きかかえる。
「大丈夫?」
「何で……?」
トレーナーはほとんど茫然自失の状態だ。無理もない、自分のポケモンに攻撃されたのだ。
主人の安全を確保するために、フシギソウはツルをリザードンに巻きつけた。
「……えっと、何か、苦しんでるみたい」
フシギソウのツルに押さえ込まれながらも暴れるリザードン。その様子を見ていたリュカが呟いた。フシギソウを攻撃するというよりは、何かに暴れさせられているみたいだ。
あたり構わず撒き散らされるリザードンの炎が、少しずつツルを燃やしていく。フシギソウもツルをどんどん伸ばすが、焼き切られるのは時間の問題だろう。
「フ、フシ」
フシギソウが困ったようにトレーナーに振り返る。
「ほ、ほら、フシギソウが困ってるよ! ねぇ、トレーナー!」
「……っ」
トレーナーはようやく我に帰った。その瞬間、自由を取り戻したリザードンが空中に舞い上がった。
「フシギソウ、タネマシンガン! とにかく、一度リザードンを倒そう!」
「フシ!」
発射されたタネをひらりとかわし、リザードンは再び遠くから炎で攻撃しようとする。
「させないよ! PKサンダー!」
リュカの放った雷球にリザードンが気を取られている間に、トレーナーはフシギソウを戻してゼニガメを出した。
「リュカ、ゼニガメに攻撃させるから援護を頼む!」
「遠くからフシギソウで攻撃した方がいいんじゃないの?」
確かにゼニガメは素早いが、基本的に近距離戦しかできない。攻撃力の高そうなリザードンと戦わせるのは大変そうな気もするが。
「フシギソウは炎に弱いんだ! ゼニガメは耐性があるし、リザードンは水に弱い。だから水系統の攻撃で攻める!」
ゼニガメがリザードンに向かって突っ込みながらたきのぼりをする。明らかに、リザードンが弱ってきた。
通路に比べれば広いとはいえ、結局は建物の内部だ。リザードンがその翼を活かすには狭すぎる。牽制のPKサンダーすらかわしきれず、2人の猛攻についにリザードンはフィギュアに戻ってしまった。
と、フィギュアから何かが落ちた。
「……何だ?」
それは赤いマイトだった。2人に注目されているのに気付いたマイトは、慌てて逃げ出した。
「PKファイア!」
すかさずリュカの放った炎に、あっけなくマイトは四散した。
「……多分、あいつがリザードンにくっついてダメージを与えてたんだな」
我慢できるほど小さくはなく、自分自身ではどうしようもない痛みに、リザードンは一人で怒り狂っていたのだろう。
トレーナーがモンスターボールを投げる。リザードンはボールに吸い込まれるように収まり、跳ね返ったボールをトレーナーがキャッチした。
「よっし、これで全員揃った!」
「やったねトレーナー! これで後は出口を探すだけだよ!」
はしゃぐトレーナーにリュカも嬉しそうに言った。
しばらく行くと、今までで一番大きな空間に出た。ここが最深部らしい。
広さはスタジアムより少し狭い程度なのだが、高さがある。見上げても空が見えないことから天井があると認識はできるのだが、暗闇しか見えないのでどのあたりに天井があるかも分からない。
「……行き止まりだね」
「最悪、天井を破るしかないかも。とりあえず、リザードンに見てきてもらおう」
トレーナーはモンスターボールを取り出した。
漆黒の闇に、無数の星々が煌く。
ある星は全てを拒む熱を放って燃え盛り、ある星は凍てつくガスが淀んで渦を巻いている。生きている星も死んでいる星も、それぞれに光を放ったり反射して存在を主張している。
そのような美しく神秘的な光景も、彼にとっては関心の対象にすらならなかった。
仲間からの通信を切り、ウルフはニヤリと笑う。
「……面白そうなことしてるじゃねえか、スターフォックス」
通信によれば、彼らはエインシャント卿と名乗る人物の所有する戦艦に勝負を挑み、フォックスの乗ったアーウィンが故障して墜落したという。
「どうせまだくたばっちゃいねえんだろ? 今から俺が引導を渡しに行ってやるぜフォックス。……お前を倒すのはこの俺だ、勝手にくたばらないでくれよな」
4枚の翼を持つ戦闘機が、宇宙空間を駆け抜ける。