荒野


どこまでも広がる荒野を、それは爆音を上げて進んでいた。
戦車に近い外見だが、キャタピラではなくジェットエンジンで爆走している。上部にはミサイルが設置され、冷たい輝きを放つ。
「……敵だな」
遠く離れた高台でこれを見ていたアイクは、迷うことなく追跡することにした。迂回などというまだるっこいことはしない。目の前の崖を飛び降りた。
「ちょ、アイク!」
慌ててマルスが呼び止めるが、その程度で止まるアイクではない。困ったように傍らのメタナイトを見る。
「……一人で行かせるわけにもいかんだろう」
メタナイトはそう言って、翼を広げてアイクの後を追った。
「……迂回して先回りとか、そういうのを少しは考えてほしいんだけどな……」
やれやれといった風に頭をかき、マルスも2人の後を追って崖を飛び降りた。
かなりの高さのある崖だったが、マルスは華麗に着地をきめる。先に飛び降りた2人もそこにいた。……待っていてくれたというよりは、押し寄せてくる亜空軍を警戒してのことだが。
マルスもすぐさま剣を抜き身構える。にらみ合いの均衡が、静かに崩された。



最初に3人が崖を飛び降りたように、この荒野は見た目よりも高低差が激しい。平坦な場所もあるにはあるが、強い風が容赦なく砂を叩きつけてくるためそういった場所を横断するのは少々厳しい。先ほどの戦車のように硬い外殻を持たない者達は、自然と砂嵐の発生しにくい峡谷に集まってくる。
隠れる場所の多いこの場所は、3人を待ち受ける亜空軍にとってとても有利な地形だった。
「マルス、そこの窪みにバズーカプリムがいる!」
メタナイトは風に飛ばされないようにしながら極力高く飛んで2人に敵の位置を教え、2人の頭上に焼けた鉄を降らせようとするポトロンを切り裂く。
少し開けた場所に出たため強風を避けて降りてきたメタナイトに、アイクがふと問いかけた。
「随分と詳しいな」
「お前達が戦うよりずっと前にやりあった。……色々あって戦艦は奪われたが」
マルスが小さくうなずくのを見て、アイクはふむとうなずいた。
「なるほど。詳しすぎるから、てっきり間諜か何かだと思ったんだが」
「……お前は敵に探られるほど計画的に動いているのか?」
「というか、ちゃんとそういうこと考えてたんだ」
「あんたら、ケンカ売ってんのか?」
呆れた様子のメタナイトと驚いた様子のマルスに、アイクは不機嫌そうに目を細めた。
「ちゃんと考えて計画的に動ける奴は、普通崖から飛び降りたりはしないぞ」
「この方が近いじゃないか」
「“急がば回れ”って言葉知ってる?」
「知ってるぞ。だからちゃんと飛び降りられる高さの崖を選んでるだろう」
「……」
マルスとメタナイトは、アイクを止めることを諦めた。
「……よし、この崖を降りるぞ」
がっくりと肩を落とす2人に構わず、アイクは手近な崖から身を躍らせる。
「……ってちょっと! その高さだと無理だから!」
メタナイトならともかく、翼を持たないマルスとアイクには厳しい高さだ。マルスが慌てて崖を覗き込むと、崖の途中の出っ張りに器用に足をかけながら降りていくアイクの姿が見えた。
「まあ、確かに……降りられる崖を見繕ってはいるようだな」
メタナイトは深くため息をついて、そのまま飛び降りた。ぐったりした顔になりながらも、アイクの後を追ってマルスも崖を降りた。


敵を蹴散らしながら進むうちに、彼らはまたもや崖に到達した。ただし、今度は飛び降りはできない。
「……登るしかないな、こりゃ」
「君があんな崖を降りるから……」
マルスがちょっと恨みがましくアイクの方を見ると、アイクは気まずそうに顔を背けた。
崖はかなり幅があり、迂回路を探すのは時間がかかるし不確実だ。マルスはため息をつきながら言った。
「まあ、こんなところで文句を言っても仕方がないか。とにかく、崖を登ろう。さっき降りたのと同じ要領でいけるかもしれない」
彼らにとって幸運だったことに、このあたりにはファウロンと呼ばれる亜空軍の敵がいた。こちらを背中に乗せて空高くまで運び去ろうとする敵で、崖を降りるときには大いに邪魔だったが、崖を登りたい今はとても助かる敵だ。背中にいる限り攻撃はしてこないので、飛び降りるタイミングさえ見計らえば星にされることなく崖を登れる。
そうして崖を登りきった彼らの前に、戦車がいた。さっきのものよりは大分小さく、キャタピラでゆっくりと動くタイプだ。隙間から、緑色の何かが覗いている。
「……敵か!」
誰よりも早くメタナイトが反応した。小さな体を錐揉み状態にして突進し、隙間から見える緑色の物体を貫く。それは慌てて外殻を閉じ、上部についていたアームを動かした。
続いてマルスが繰り出した一撃は、外殻に当たってあっさりと弾かれた。襲ってくるアームを避けて、マルスは一度後退した。
「駄目だ……さっきメタナイトがやったみたいに、中身を狙わないと」
「だが、どうするんだ」
戦車はもうピッチリと閉じていて、一番刃の薄いマルスの剣でも入らなさそうだ。
ゆっくりと近付いてくる戦車を油断なく睨みつけ、マルスは考える。
「……とりあえず、先に攻撃手段をなくそう。アーム部分なら斬れるかも」
「よし、なら俺がやる」
走り出したアイクをつかまえるべくアームが伸びるが、そんなものに捕まるアイクではない。その横をすり抜け、剣を思い切り投げ上げた。
「天っ空!」
剣そのものの重さに加えてアイクの体重と加速が加わった一撃。断ち切れるかと思われたアームは、しかしところどころが爆発したものの壊れはしなかった。
「チッ、頑丈な」
が、その音に驚いたのか、あの緑色の何かがびっくりした様子で顔を出した。……あの中からだと外が見れないらしい。
「今だ!」
素早く駆け寄ったマルスの一撃と、追い討ちをかけるメタナイトの連続攻撃に、それは耐え切れなかった。ガランガランとけたたましい音を立てて、谷底へ落ちていく。
「万一無事でも、当分戻って来れないな」
チラリと谷を見下ろしたアイクが呟く。……確かに、キャタピラでここは登れないだろう。
「このペースなら、あの戦車に追いつけるかもね」
「俺のお陰だな」
「いや、それは違うと思うぞ」
軽口を叩きながら、3人の剣士は荒野を走る。



3人が戦車に追いついたときには、戦車は荒野の中央で停止していた。
「……人の気配はしないな……」
相手の正体が分からない以上、何が飛んでくるか分からない。3人は剣を構えて慎重に戦車の様子を探った。
と、彼らの見ている前で、戦車が再び動き出した。
両脇から伸びたアームは腕に、折りたたまれていたボディが伸びて胴体に、足に変形していく。
人型といっていいフォームになったそれは、3人の姿をとらえて目を光らせ、両手を掲げて空に吠えた。
「やる気満々だな」
「……潰す」
見上げるほどの巨体に、3人は同時に剣を突きつけた。



打ち込まれるミサイルをそれぞれ交わし、3方向から斬りつける。
真っ先に打ち込んだマルスに巨大な拳が振り下ろされるが、マルスは華麗なステップでこれをかわす。ついでメタナイトとアイクがマルスに気を取られた隙をついて切り込む。
「こんなものくらったらただじゃすまない! とにかくかわすことを中心にしてくれ!」
「当たり前だ!」
アイクが見た目にそぐわぬ怪力だとしても、この質量と腕力を受け止めるのは無理だろう。軽いマルスや小さなメタナイトなど論外だ。
幸運なのは、ほとんど平坦で障害物もあまりなく、風もあまり強くないため行動にほとんど支障がないことだ。あの狭い峡谷だったら、最悪逃げ場を失って叩き潰されていたかもしれない。
硬い岩盤ですら一踏みで砕く脅威のパワーだったが――当たらなければどうということはない。 素早い動きでメタナイトが撹乱し、その隙に比較的もろそうな間接部分にアイクが攻撃をする。アイクの攻撃の隙を狙われないようにマルスが別方向から攻撃をかけ、そこにまたメタナイトが突っ込んでいって引き付ける。
見事な波状攻撃だ。進路に関してはほとんど意見の一致しなかった3人だったが、こういった戦いにおいては相談など全くしていないにも関わらず息はピッタリである。
「ぬぅん!」
アイクの一撃が、いいところに当たったらしい。それはよろめきながら2、3歩後退した。
――そして、4歩目を落とした先には地面がなかった。
いくつもの岩と共に崖から落ちていくそれを、3人はじっと眺める。風化した石畳の上に落下し、石畳を粉砕してさらに深みに落ちていく。
「……終わったな」
「うん」
光すら届かない深い穴。こんな高さから落ちたなら、どれだけ頑丈でも流石に壊れるだろう。
勝利を確信し、3人は剣を納めた。