遺跡最深部


ふと振動と鈍い音を感じ、トレーナーは天井――正確には頭上の闇を見上げた。リュカもそれにならって見上げると、やはり高い位置にあった天井が砕けて光が差し込んできていた。
そして、光とともに、瓦礫と大きな何かが落ちてきた。

ズゴォン!

「うわぁっ!」
間近に落ちたそれの衝撃に、二人は吹き飛ばされてしりもちをついた。その周囲に砂埃がたち、瓦礫が容赦なく降ってくる。二人がやってきた入り口にも瓦礫が落ちて、帰り道をふさいでしまった。まあ、どのみち途中で帰れなくなっている道ではあったが。
「な、何?」
しりもちをついたままで呆然と砂煙をまとう巨大な何かを見上げる。……と、何の前触れもなくそれが動き出した。
硬質な何かがこすれる音と共に、ゆっくりと起き上がる。砂埃の中でも、光を反射した鋭い目がしりもちをついている二人を捉えたことははっきりと分かった。
――ガレオム。
さきほどアイク達と戦い敗れてここに落ちたはずなのに、そのダメージを全く感じさせない動きで瓦礫を押しのけ戦う構えを見せる。トレーナーはすぐさま立ち上がり、モンスターボールを構えた。悠長に図鑑を出してデータを調べていられる相手ではない。
リュカも慌てて立ち上がる。ようやくおさまった砂埃の向こうに、ボロボロになりながらも未だ闘志を失わないガレオムがゆっくりと立ち上がった。



「ほ、炎はあんまり効かなさそうだよ?」
先ほど回収したばかりのリザードンを出したトレーナーに、リュカが少し距離を置きながら言った。どうにも、さっきまでの炎を吐き暴れていたイメージがぬぐいきれないらしい。
確かに、トレーナーやフシギソウと違って、今回の相手は燃えそうにない。鋭い爪も牙も、硬く厚い装甲を貫けそうではないが。
「そうだね。だから、炎は使わない……上!」
高く跳びあがったガレオムが、リュカとリザードンを押しつぶそうとしていた。慌ててその着地点から逃げる二人。轟音をたてて、ガレオムが着地したところを中心に蜘蛛の巣状にヒビが入る。
(まずいな、これだと時間がたつごとに足場が悪くなる。早めに片をつけないと)
いくらリュカやリザードンが空中戦が得意とはいえ、ずっと滞空していられるわけではない。翼のあるリザードンとて、やはり地に足をつけなければ力を込めた一撃を出せない。恐らくなまなかな攻撃が通じる相手ではないので、きちんとした足場が残っているうちに倒さなければ。
トレーナーが右手で指示を出す。リザードンは目だけでうなずくと、ガレオムの胴体に頭突きを繰り出した。
「!」
鈍い音がして、ガレオムの装甲が砕けた。
「いわくだき。こういう硬い相手には、特に有効なワザだよ」
ポケモントレーナーたるもの、手持ちの数匹だけであらゆる相手に対応しなければならない。「相性が悪いから負けました」だなんて言い訳をするようではトレーナー失格だ。当然、相性の悪い相手に対抗するワザもいくつか覚えさせている。いわくだきは、そんなワザの中の1つだ。
「とにかく攻撃をたたきこんで! 長引くとこっちが不利だ!」
「うん!」
今しがたリザードンが砕いた装甲の隙間に、PKサンダーを叩き込む。バチバチと蒼い火花が飛び散るが、まだ動きを止める様子はない。ガレオムが大きく腕を振りかぶったのを見て、リュカとリザードンは飛びのいた。
まっすぐに振り下ろされた拳が床を砕く。リザードンは翼を大きく動かして、飛び散る破片からリュカをかばった。
「PKフリーズ!」
リュカがすかさず両腕を氷結させたが、ガレオムはあっさりと氷を砕いて自由を取り戻した。
「やっぱり、力じゃかなわないや……」
ガレオムが氷を砕いている隙に再び懐に潜り込んだリザードンが、今度は足の装甲を砕く。リュカにとってはリザードンだって見上げるほど大きな存在なのに、このガレオムの前ではまるで鳩のように小さい。リュカは一瞬不安になってトレーナーの方を見た。
トレーナーはリュカの視線には気づかず、数発のミサイルを打ち込まれたリザードンに回避の指示を出していた。そこに、「負けるかも」という考えは見てとれなかった。
(……だ、大丈夫だよね。負けないよね)
リュカは気を取り直して、新しい装甲のヒビにPKサンダーを叩き込んだ。



何度目かにリザードンが繰り出したいわくだきが、ついにコア部分に当たったらしい。
ガレオムは、うなり声とともに膝を突いて停止した。全身から蒼い火花が派手に飛んでいる。これでは流石に動けまい。
「やったね」
「ああ。……よくやった、リザードン」
トレーナーはリザードンをボールに戻した。
「さて、これからどうするかだけど……」
唯一の入り口は瓦礫に塞がれ、はるか頭上の穴はジャンプして届くような距離ではない。
「リザードンにたのんであの穴から出るしかないか」
「やった、ようやく出られるんだね!」
「でも、今は疲れてるだろうからしばらく休ませて……!?」
二人は目を疑った。
既に機能停止したと思っていたガレオムが、ぎこちないながらも動き出したのだ。
とっさのことに反応できない二人に、ガレオムは無造作に右手を伸ばした。
「うわあっ!?」
大きな手のひらに掴まれて、二人は軽々と持ち上げられる。幸い握力が落ちているらしく握りつぶされるほどではなかったが、非力な二人がもがいても指が緩むことはなかった。
二人をにらむガレオムの頭部から、見慣れない装置が飛び出した。中央に黒い何かがあり、下にあるパネルには数字が表示され、刻々と減っていく。
亜空間爆弾やその爆発跡を見たことのない二人だったが、ここまであからさまに「自爆装置です!」と全力アピールされていれば危険なモノであることは分かる。はっとした二人にかまわず、ガレオムは最後の力でロケットのように天井めがけて飛び立った。
「ト、トレーナーっ!」
飛び立つ時の重力の負荷に耐えられなかったのか、トレーナーはぐったりとして動かない。不安げなリュカをよそに、ガレオムは天井の穴を抜け地上に飛び出した。
――もう、時間がない。彼を助けられるのは、自分しかいない。
「PKサンダー!」
障害物の一切ない空中なら、多少大ぶりな操作をしても問題ない。リュカの放った雷球は見事にガレオムの肘の部分に当たり、ヒビだらけで壊れかけていたガレオムの右手に決定打を与えた。
壊れた手から、意識のないトレーナーが投げ出される。リュカはPSIを使って懸命にトレーナーの落ちる方に向かった。
……頭上ではガレオムが自爆し、自らの破片ごと亜空間に飲み込まれていっているが、そんなことに気を使っている余裕なんかなかった。
ようやくトレーナーを捕まえるも、二人分の体重を支えられるほどの力はリュカにはない。PKサンダーを当てて落下方向や速度を変えるのも、トレーナーの体力を考えると危ない。
(ここまで頑張ったのに……!)
この高さから叩きつけられて、無事でいられるわけがない。それでもトレーナーの体を抱きしめて、せめて自分がクッションになるようにと祈って目を閉じた。
二人の落ちたあたりで砂埃が盛大に湧き上がり――そこから二人を抱えたメタナイトが飛び出してきた。
「……え?」
リュカは戸惑って目を開けた。死んで――ない。
「無事か」
自分達を抱えて飛ぶ蒼い仮面が問いかけてきた。
「あ、は、はい。ありがとう、ございます……」
頭上で広がりゆく亜空間から全力で離れるメタナイト。
遺跡に転がっていたワリオのフィギュアが亜空間に飲み込まれていくことに、結局誰も気づかなかった。



……気がつくと、土の上にくずおれていた。
あの遺跡の中ではない。吹きすさぶ風とさんさんと降り注ぐ陽光は、明らかに屋外のものだ。
「大丈夫?」
目の前にいたリュカが、心配そうに覗き込んでくる。
「……うん。ごめん、気絶したみたい」
情けない。とんだ失態だ。
近くには、仮面をつけた青い玉や二人の剣士が立っている。……彼らが、助けてくれたのだろうか。でも、空にいたはずの自分達を、一体どうやって助けたのだろう。
と、剣士の片方――大きな剣を持った精悍な青年が口を開いた。
「そこの金髪に感謝するんだな。そいつが腕をぶっ壊してなけりゃ、今頃爆発に巻き込まれてた」
……この場に金髪は一人しかいない。
「……それでも、最後は結局助けてもらったけど」
「まあ、向き不向きは誰にでもあるよ。それに、君が腕を壊して脱出していなければメタナイトでも助けられなかったし、二人バラバラに落ちていればどちらか片方は見捨てざるを得なかったんだ。君は頑張ったよ」
「……空を飛ぶことは向き不向き以前の問題だと思うが」
もう一人、中性的な顔立ちの青年が微笑みながらリュカをフォローするのに、青い仮面が控えめにツッコミを入れた。
「よかった、無事で。……ありがと」
リュカは右手を差し出した。
……前に助けられなかったという少年のことを、まだ気に病んでいるらしい。多分、あの状況がそれにリンクしたのだろう。
「うん、助かったよ。ありがとう、リュカ」
トレーナーは笑って右手を差し出し、リュカの手をしっかりと握った。