荒野〜湿地


遺跡ごと山を飲み込んだ亜空間は、荒野を行くエインシャント卿からもよく見えた。
『……』
脳裏に亜空間爆弾を起動させていった部下達の姿がよみがえり、エインシャント卿は目を伏せた。何も言わず、逃げようともせず、ただ逃げるエインシャント卿をじっと見つめるカメラアイ。彼らが送った最後のメッセージは――
『……!』
と、彼方から飛来する光が見えた。反射的に身をよじると、それはエインシャント卿の体をかすめてどこかへ飛んでいった。
光の飛んできた方を見ると、下手人であるピットが弓を構えたまま小さく舌打ちをしていた。その後ろには、マリオに加えてリンク、ヨッシー、カービィの姿も見える。……いつの間に。
悲しみに浸っている暇はない。エインシャント卿が逃げ出すのと同時に、彼らも地を蹴った。



「あーっ、何てところを逃げるんだ!」
エインシャント卿の移動速度はそんなに速くない。一行の中で最も足の遅いリンクでも、追いつくことは可能だろう。ただし、それは障害のない場合の話だ。
荒野の中でも特に高低差の激しい――峡谷と呼んでも差し支えないだろう場所を逃げているのが問題なのだ。足場の悪さや亜空軍の妨害もそうだが、気まぐれな風に一行はずいぶんと苦労した。エインシャント卿くらいの高度で飛んでいれば風の方向や速度も一定なのだろうが、谷にぶつかっては強さや方向を変える風に軽いピットやカービィは数回吹き飛ばされそうになった。
それでも、何とかエインシャント卿を見失うことなく追い続ける。やがて、かつては道があったのだろう平坦な石畳の跡に差し掛かった。平地になれば、マリオ達に分がある。たちまち差を縮められたエインシャント卿は、先頭の二人に向けてレーザーを乱射する。が、流石は英雄と称されるだけある。マリオとリンクは走る速度を緩めることなくレーザーをかいくぐって追いすがる。
と、二人の行く手に突如4体のロボットが現れる。その向こうに隠れるようにして、エインシャント卿は遠ざかっていく。
『……!』
突然下から襲ってくる衝撃に、エインシャント卿は思わずその場に停止した。……ぶら下げていた亜空間爆弾に、ロボットが一体ぶら下がっている。
『降ロシテ下サイ。起動サセマス』
そのままエインシャント卿から爆弾を奪い、地面へと落下する。爆弾は無事だったが、ぶら下がっていたロボットは衝撃に耐え切れずにバラバラになってしまった。仲間の残骸に目もくれず、別の2体のロボットが亜空間爆弾を起動させる。
「やめろ、こらっ!」
「今すぐ停止させるんだ!」
ピットとマリオが亜空間爆弾からロボットを引き剥がそうとするが、ロボットはびくともしない。逆に他のロボット達が二人をつかまえて引き離す。リンクやヨッシー、カービィもロボット達に妨害されて爆弾に近づけない。
手の空いているロボットが、呆然と事の成り行きを見ていたエインシャント卿に手を振った。他のロボットも、じっとエインシャント卿を見上げている。
『……』
かける言葉すらなく、ロボット達に見送られてエインシャント卿はその場を後にした。ほどなくして、亜空間爆弾が爆発。広がり行く亜空間に、ロボット達はなすすべもなく吸い込まれていった。
マリオ達も爆発前にロボット達から解放されたが、止めに行く時間は残されていなかった。マリオはヨッシーに乗り、リンクとピットはカービィの呼んだワープスターにつかまって爆発の範囲から逃げ出した。
荒野に広がっていく亜空間。この世界がまた、奪われていく。



「……追っては来ないな」
崖から飛び降りてすぐ茂みに身を潜めたフォックスは、周囲の安全を確認してからそっと出てきた。まあ、鈍重なクッパが素早い自分達を直接追って来るとは考えられないが、念のためだ。
「キィ、ウッキィ!」
「うるさい、闇雲に戦ったって勝てるわけがないだろう。それに、あれも偽物だったらどうするんだ。偽物ごと狙撃されたら、俺でも避けられないかもしれないんだぞ」
もっともな答えに、ディディーは渋々黙った。
「それより、クッパにやられたのならフィギュアが転がっていなければおかしい。あいつは芯まで悪党じゃないからな、流石に破壊はしてないだろう。となると、どこかに運んだということになる」
慣習としてはその場で復活させて握手で終わらせるという流れになっているものの、敗者のフィギュアを復活させることは義務ではない。わざわざルールを破ってまで相手をフィギュア化させたのだ、恐らくフィギュアとしての状態に用があるのだろう。……何の用かは全く見当がつかないが。
「となると、運んだ先はあいつらの本拠地だろう。母艦に帰ればその辺りを調べられるから、とりあえずジャングルを抜けて開けた場所に出たいんだが」
「キキッ」
ディディーはうなずいて、川沿いを歩き出した。



かなりの高低差のある場所をはしごで昇り降りし、襲い来るクッパ軍団を蹴散らし、フォックスとディディーはようやくジャングルを抜けた。
「ようやく抜けたか」
ディディーには悪いが、やはり延々と続く変わり映えのないジャングルの光景には気が滅入っていたところだ。フォックスは安堵の息をついて、空を見上げた。
「多分、このあたりで仲間が俺のことを探してるはずだ。そうしたら、ドンキーの行方も探してやるからな」
アイツなら、戦線離脱してでも自分の生死を確かめに来るだろう。そうすれば母艦に帰ってクッパのアジトについて調べられる。
ジャングルから出られた以上ディディーを無視しても構わないのだが、たとえ無理矢理だったとしても自分の意志で協力することを承諾しているのだ。最後までやりぬくべきだろう。
ジャングルを出られたことと仲間がじきに迎えに来るということで油断していたのだろう。のんびりと川辺を歩く二人を狙う銃口に、どちらも気づくことはなかった。

ズギュン!

突如飛来した黒い矢印が、ディディーの体を貫いた。ディディーは悲鳴をあげてフィギュアになり、少し離れた地面に転がった。
「……!?」
慌ててそちらを見ると、あの銃を構えたクッパ。クッパは笑いながら、第二発をフォックスに向かって発射した。が、警戒している状態でこんな単調な攻撃をくらうほどフォックスは愚鈍ではない。ひらりとかわして身構える。が、フォックスが飛びのいたことで、フォックスとディディーの距離が離れた。
「よし、影虫共、そいつをコピーするんだ!」
クッパの命令に従って、どこからともなく現れた影虫達がディディーのフィギュアを包み込む。
「な……っ!」
驚愕の表情を浮かべるフォックスの目の前で、影虫は一つに集まって形を変え、ディディーと瓜二つな外見をとった。黄色く光る不気味な瞳がフォックスをとらえ、ディディーが持っていたのと同じ木製の銃をフォックスに向かって構える。
異様な光景に固まったフォックスに照準を合わせ、クッパはダークキャノンの引き金に指をかけた。

――ゴウッ!

照準を邪魔するように、クッパの目の前をアーウィンが高速で通り過ぎた。
そのまま舞い上がったアーウィンのコックピットから影が躍り出て、フォックスをかばうように射線上に着地した。
――ファルコ。フォックスのチームメイトだ。
「ったく、世話の焼けるリーダーだぜ」
クッパが引き金を引くよりも早く駆け寄るとダークキャノンを蹴り上げ、そのままブラスターを連射してダークキャノンを攻撃する。ダークキャノンは空中で何度か踊った後に爆発した。
その隙に、我に返ったフォックスがディディーのフィギュアに駆け寄り台座に触れる。
「……キィイッ!?」
起き上がったディディーは、目の前にいる自分そっくりなモノを見て驚きの声をあげた。
「クソッ!」
予想外の援軍にクッパは舌打ちをした。ダークキャノンなしで3人を打ち負かすのはかなり難しいだろう。ここは一旦引き下がるのが賢明だ。
「影虫共! 合体してあいつらの足止めをしろ!」
そう叫んだクッパは、あらかじめ近くに隠しておいたクッパクラウンに乗り込んで逃げ出した。追撃をかけようとしたファルコは、あちこちの茂みから紫色の奇妙な物体があふれてくるのを見て足を止めた。それらは偽ディディーに群がるとさらに膨れ上がり、数メートルはあるだろう巨体へと変貌した。
「何!?」
「キキッ!」
偽ディディーは、怒りの声をあげながら3人に襲い掛かってきた。



敵は一体だけだったが、3人はかなり苦戦を強いられた。
何しろ、巨大なだけあってリーチが長く力が強い。さらに悪いことに、敵はディディーの素早い身のこなしを完璧にコピーしていた。素早さで互角なら、パワーと耐久力があるあちらが有利に決まっている。勝っているのは今のところ、数だけだ。
「ファルコ、ブラスターで援護を! ディディー、とにかくダメージを与えていくんだ!」
「了解!」
「ウキッ!」
ならば、手数でおすしかない。フォックスは二人に指示を出し、ファルコのブラスターに怯んだ偽ディディーにサマーソルトキックを見舞った。
「っ!」
風を切って繰り出される尾を辛うじてかわし、少しでもダメージを与えられるようにブラスターを叩き込む。オリジナルが嫌いなのか、ディディーを狙うことが多い攻撃をそらすために二人はリフレクターでディディーをかばったり後ろから攻撃を加えて気をそらしたりした。が、どれだけ叩いても一向にやられる気配を見せない。
「くそっ……俺達じゃあ決定的にパワーが足りない……!」
よりにもよって、三人とも決定打の少ないスピードタイプだ。かなりのダメージを与えたはずなのだが、大して吹っ飛ばすことができない。
「……キキッ!」
と、ディディーはフィールドの片隅に現れたモノに目を留めた。
――これなら、勝てる!
「ウキッ、ウキ!」
ディディーは愛用の帽子を高々と放り投げた。偽ディディーがその挑発につられて、ラピッドキックで足止めしていたフォックスを手で払いのけてディディーに向かう。
「まずい、よけろディディー!」
フォックスの声を無視して、帽子をかぶりなおしたディディーは迫り来る偽者をじっと見つめ、次いで後方に目をやった。……この作戦はタイミングが勝負だ。
ローリングアタックを繰り出すタイミングに合わせて、ディディーは思い切って前に駆け出した。巨大な手足の間を紙一重ですりぬける。追撃をかけるべく振り向いた偽ディディーの足に、何かが触れた。
……歩き始めのボム兵。

ドンッ!

「ウキィ!」
流石の巨体も、ボム兵の爆風には耐えられなかった。盛大に吹き飛んでフィギュアに戻り、そのままサラサラと崩れていく。
「ッキィ!」
「やったか……」
安堵の息をつくフォックスとディディーを尻目に、ファルコは用は済んだとばかりにさっさと歩き出した。
「おら行くぞフォックス。テメェのせいでこんな場所に着地したんだ、さっさとグレートフォックスと合流するぞ」
「ウキッ!?」
慌ててディディーが引き戻して事情説明をする。……が、ファルコにもサル語は理解できなかった。
「うるせぇ。おらさっさと行くぞ」
「ウキーッ!」
取り付くしまもないファルコに業を煮やしたディディーは、フォックスにしたのと同じようにファルコの襟首を引っ掴み、そのままズルズルと引っ張っていった。
「……おいフォックス、このクソチビをどうにかしてくれ」
「諦めろファルコ。……俺も同じ道を通った」
フォックスは深いため息と共に両手を投げやりに広げて二人の後を追った。



フォックスがこれまでの経緯を説明した後もファルコはしばらく渋ったが、ディディーが頑として譲らなかったために結局同行することになった。フォックスのように生真面目ではないものの、仲間の恩人を切り捨てられるほど冷たいわけではない。
「グレートフォックスはどっちの方向にあるんだ?」
「東に少し離れたあたりだな。……おい、ここから東寄りに、ここより広い場所はあるか?」
ファルコの問いに、ディディーはこくりとうなずいた。
「案内してくれ」
「ウキ」
ディディーが先頭に立って二人を案内する。邪魔をするクッパ軍団の残党を蹴散らしながら、フォックスはすまなさそうにファルコに話しかけた。
「ファルコ、俺の代わりに皆に連絡してくれ。……通信機が壊れたんだ」
「クソ真面目なテメェが連絡よこさない理由なんざ通信機の故障以外にねぇだろ。さっきすませたぜ」
最悪の結末も予想したことは伏せてぶっきらぼうに答えると、フォックスはしゅんと耳を伏せてうなだれた。
「……すまない」
「ったくよぉ、リーダーのくせにいの一番に撃墜されやがって。オレ達がどんだけ飛び回ったと思ってるんだ?」
「……本当に、すまない」
「すまない、じゃねーよ。背中ガラ空きで戦わされるこっちの身にもなれってんだ」
「ウキ?」
ファルコの言葉にフォックスがしょげていたので心配になったのだろう。フォックスの様子をうかがうディディーに、ふいっと顔をそらしてしまったファルコに代わってフォックスが答えた。
「なんでもないよ。ただ、背中を守ってくれる誰かが必要だなって話さ」



鋭く尖った丸太の杭やこちらを水底に引きずり込もうとする蔦をかわし、亜空軍の手先を蹴散らして川沿いを走る。
と、ジャングルにはそぐわない、人工的なフォルムを持つ何かが水面の少し上を飛んでいるのを発見した。
遠隔操作なのだろう、操縦スペースの全く見られないそのフロートの上には、頑丈な鎖で幾重にも固定されたドンキーのフィギュアが載せられていた。
「キキッ!」
急いで後を追うディディー。
しかし、無情にもフロートは滝の向こうにそのまま飛んでいってしまった。ジェットバレルでは、とても追えそうにない。
「ウキーッ! キーッ!」
目の前でまんまとドンキーを奪われてしまった怒りに、ディディーは文字通り地団駄を踏んで悔しがる。
「うるせぇぞサル」
後からやってきたファルコの言葉に、ディディーは怒りをあらわにしたまま振り返る。文句を言おうとしたところで、フォックスが苦笑しながら明後日の方向を指差した。ディディーが再び振り返ると、ちょうどフォックスが指した方向から、ゆっくりとグレートフォックスが降りてくるところだった。
「こいつで追っかけてやるからちったぁ黙れ」
さっきまでの怒りはどこへやら、子供のように両手を叩いて――実際にまだ子供なのだが――はしゃぐディディーはファルコの言葉など聞いていなかったが、今度ばかりはファルコもそれを咎めることはなかった。