研究施設
パワードスーツが安置されている研究室までのルートを頭に叩き込み、サムスはすぐさま管理室を飛び出した。
「……少し暗いな」
侵入者対策なのか省エネなのか、はたまた他に理由があるのか。
研究所のあるブロックまでの道には、照明と呼べるものがなかった。
幸いサムスは夜目がきく方で、稼動している機械からうっすらと何かの明かりが漏れてはいるが、それでも物の輪郭が何とか見える程度。敵との交戦はなるべく避けたいところだが。
「ピィカ!」
ダッシュしたピカチュウが、前方からやって来たロボットアタッカーに電撃を放って沈黙させる。
ロボット達には光学以外の感知能力があるとみていいだろうし、ピカチュウは夜行性の生き物だ。この程度の暗さなら活動に支障はないのだろう。
「ああ、すまない。しかし困ったな、こう暗いとお前はともかく私は足元がおぼつかないよ」
「ピカ」
ピカチュウはその言葉に少し考える素振りを見せたが、やがて壁の一部分を尻尾でひっぱたいた。すると、何か大掛かりなものが動く音と同時に壁や天井に設置されていた発光パネルが強いながらも目を射すことのない光を放ち始めた。
どうやら、スイッチが入っていなかっただけらしい。
ピカチュウに礼を言い、新手のロボット達にパラライザーの鞭を叩きつける。
これならいけると思ったのもつかの間、ロボット達を片付けたとほぼ同時に再び何かが動く音がして廊下は闇に閉ざされた。
「……一定時間しかつかないのか……」
まともな明かりは諦めるしかなさそうだ。
「ピカ」
と、ピカチュウがサムスの前に出て足を軽く尻尾ではたいてきた。どうやら、自分の後ろにいろと言いたいらしい。
「あぁ、ありがとう。今回は大人しくかばわれておくよ」
意地をはるような状況でも相手でもない。サムスはパラライザーを銃に切り替え、大人しくピカチュウの後ろについていくことにした。
道中にあるスイッチのいくつかをつけながら、ピカチュウは着実に敵を後ろに逃がさないようにして倒していく。ピカチュウが小さく、ロボット達がそれなりに大きいため、後ろから援護射撃するサムスにもあまり誤射の心配はなかった。
いくつめかのスイッチをピカチュウがつけると、同時に前後から赤い壁が競りあがってきて道をふさいだ。
「!」
完全に閉じ込められた状況に、2人は背中合わせになって警戒する。と、どこからともなく巨大なプリムが現れた。
単純明快極まりない、何ともシンプルなトラップだ。
「ピ、ピカ……」
「気にするな、私がお前でもこうしていたはずだ」
罠を発動させてしまって少ししょげているピカチュウに声をかけ、のったりと迫るビッグプリムに向かってサムスは駆け出した。
が。
「……何というか……見掛け倒しだったな」
「ピカ」
確かに巨大で耐久力もあった。破壊力も、おそらくは通常サイズのプリムとはケタ違いだろう。
が、プリムと全く同じ攻撃パターンで、反応速度もやや低い。素早さを売りにする2人にしてみれば、攻撃をくらう前にラッシュをかけて反撃の隙を与えなければそれで事足りる相手であった。
ビッグプリムが倒れてしばらくして、再び明かりが消えた。明かりが消える直前にサムスに見えたものは、サッと開いていく赤い壁だった。
「……待てよ」
そういえば、先ほどから明かりがついたり消えたりするたびに、何かが動くような音がしていたが。
さらにしばらく進むと、ガランとした空間に出たようだ。先ほどまでの廊下とは明らかに広さが違う。
「ピカ」
ピカチュウがこちらを振り返る。どうやら、そこで足場が途切れているようだ。
「飛び移れそうなところは?」
「ピィカ、チュ」
ピカチュウは首を振った。
「……明かりをつけるスイッチがあるはずだ。つけてくれ」
ピカチュウが明かりをつけると、あたりが明るくなったのに合わせて先ほどの赤い壁が競りあがってきて、ちょうどいい足場になった。
「ピィカ!」
「ここから先は、明かりの操作で足場を作っていかなければならないのだろうな。今の明かりが消えたら、もう一度付け直していこう」
ピカチュウがうなずいたのと同時に明かりが消え、足場も沈んでいった。
暗いエリアを無事に抜け、モノレールリフトを複雑な手順で乗り換えていく。
「違うリフトに乗ると違うエリアに行ってしまう。そうなると戻ってくるのは難しいからな。間違えないように」
そう言って、リフトの乗り換えの邪魔をするロボット達を鞭でなぎ払っていくサムス。
乗り換えにはタイミングがシビアなものも多々あり――というか、ほとんどのリフトからは動いている途中で飛び降りた――ピカチュウは乗り遅れないよう、電撃を使わずに邪魔をするロボット達を蹴散らしていく。何せ、銀色の浮遊する物体に電撃を弾かれてしまい危なかったことがあるのだ。
そうやってたどりついた研究室は、縦長の円筒のような部屋だった。天井も高く床までの距離もかなりある。入り口と同じ高さになるように中央がせりあがっており、そこに設置された機械の中にパワードスーツがあった。
「あった……!」
サムスは思わず駆け出した。橋を渡り、中央の機械の前にすすむ。
「……どこにも異常はなさそうだ。これなら、出してすぐに……」
と、かすかな駆動音を耳にしたピカチュウが振り返る。彼らが渡ってきた橋が、入り口の方に引っ込んでいくところだった。
「ピ、ピカ!」
このままでは閉じ込められてしまう。慌てて走り出した2人だが、両脇からの鈍い足音に走り出した足を止める。
全く同じ歩調でやってきたのは、パワードスーツと同じフォームをしたモノ――だが、その色は明るいオレンジではなく、影虫を思わせる濃い紫だ。
「コピーしていたのか……!?」
どう見ても、友好的な雰囲気ではない。自然とピカチュウと背中合わせになりながら、サムスはパラライザーを構えた。
敵は外観だけでなく、パワードスーツの能力も完全にコピーしているようだった。
チャージショットやミサイルといった火器、モーフボールやスクリューアタック、耐久性、確かに完璧なコピーだ。
「ピカチュウ、無理せずに回避を優先するんだ! 私やお前では、あれの大技をくらうとかなり危険だ!」
「ピカ!」
「ミサイルには追尾機能がある! かわしても油断するな!」
グラップリングビームを射程のわずか外にずれることでかわし、後ろから飛んでくるミサイルにパラライザーを撃ち込みながらサムスが言う。
しかし、完全なコピーであるということは、裏を返せばサムスがその手の内の全てを知っているということ。ピカチュウに手短に伝えていく。
流石にパワードスーツのデータだけでは操作するサムスまではコピーしきれないのだろう。メモリから様々なアクションを見つけて巧妙に組み込んでいるようだが、オリジナルにくらべると僅かながら柔軟性がない。
本来の持ち主であるサムスはもちろん、小動物特有の高い反応性を持つピカチュウは、着実に攻撃の隙を見つけては攻撃を叩き込んでいった。
「ピカピー!」
ほどなくして、ピカチュウが最後の一体を叩き落とした。遠くから響く墜落音が、この戦いが終わったことを告げた。
それを耳にしたサムスは、改めてパワードスーツの前に立った。
長い間共に戦ってきた、自分の半身のような存在。こうやって取り戻すと、つい感慨がわいてくる。
が、今はそれどころではない。
アラーム音と共に橋が再びかかり、ロボット達が押し寄せてくる。
ドォン!
突如爆発が起こり、ロボット達はバラバラになって吹っ飛び、廊下にいた者たちも飛んできた破片の直撃を受けて行動不能になった。
レッドランプで赤く染められた粉塵の中から、ロボットの残骸を踏みしめながら現れたのはあのパワードスーツ。
――サムス。変身ヒーローもびっくりな早着替えである。
『……周囲に敵反応なし』
あたりを見回して安全の確認をする。と、粉塵の中からピカチュウが現れてサムスを見上げた。
足元のピカチュウを見下ろすサムス。ともすればゴツい印象のあるパワードスーツをまとっていても、緑のバイザーの向こうにかすかに覗く双眸は優しく小さな相棒を見つめていた。
『私の用事も済んだ。ここを脱出しよう』
「ピカ」
2人は廊下を歩き出した。
大事な研究資料をとらせまいと、これまで以上の数で押し寄せてくるロボット達。
だが、サムスはパワードスーツを取り戻している。
ピカチュウがその素早さで撹乱している間にサムスがチャージショットを溜め、その火力で強引に敵を一掃していく。
敵に接近されても、今のサムスにはスクリューアタックや様々なサブウェポンがある。スピードこそ遅くはなったが、この数の敵と相対するには困らないだけの武装がある。
マップデータを元に、一番近い脱出口を探る。この調子で行っても5分ほどの場所に、ちょうど出入り口があるようだ。
(……だが、この広大な空間は何のために?)
その出入り口のある場所は、パワードスーツが安置されていた部屋以上に広い。しかも、用途や名称については記載が全くない。
が、他の脱出口はかなり遠い。多少怪しくても、ここに行くのがベストだろう。
『こっちだ』
チャージショットで敵と僅かな懸念を消し飛ばし、サムスは出口に向かって駆け出した。
どうにか、マップに記されていた部屋までたどり着く。あの研究室を一回りくらい広くしたような、無駄なまでに広大な部屋だ。
ロボット達は、もう追ってはこない。
『……やはり妙だ』
「ピィカ?」
ピカチュウが首をかしげる。
『今までに彼らが追ってこなかった理由は2つ。1つは、管理室のように、その中で戦闘をするとここの機能に支障をきたす場合。だがここは、むしろ戦闘をしやすい場所だ』
機械の類もなく、壁も床も頑丈そうだ。恐らく、チャージショットを当てたとしても傷一つつかないだろう。
『もう1つは、研究室のように、そこに彼らよりも強力なガードシステムがある場合。この場合、ガードシステムが無効化されれば彼ら自身が動く。だが、未だに何の動きもない』
もう彼らは部屋の中ほどを通り過ぎている。
『何かがおかしいぞ、ここは』
気をつけろ。
その言葉を言う前に、横から高速で飛んできた影がサムスをとらえて空中に舞い上がった。
『……リドリー!』
竜のような翼を持つ、紫色の怪物。だが見た目を裏切り知恵の回る奴であることを、何よりの宿敵であるサムスは知っている。
これがいるから、ロボット達はこの部屋に入らなかったのだ。自分達が足手まといになると知っていて。
サムスが反撃に出るよりも早く、リドリーは捕らえたサムスを思い切り壁に叩きつける。どこかがショートしたのか、バチバチと火花が飛び散る。
「ピカァ!」
サムスを壁に押し付けたまま、リドリーは高速で壁の周りを回る。火花の量はさらに多くなったが、サムスはぐったりとして動かない。気絶でもしているのだろうか。
「ピィカァ……!」
ピカチュウはリドリーの進路上に走り、雷雲を呼ぶ。そこからピカチュウめがけて落ちた雷は、見事にリドリーを打ち据えた。
悲鳴を上げて落下するリドリー。その手がゆるみ、サムスはリドリーから離れていく。
地響きを立てて墜落するリドリーよりわずかに遅れて、サムスがピカチュウの後ろに着地する。が、よろりとよろけて膝をついた。まだ、ショートの火花は消えていない。
ピカチュウはサムスに駆け寄ろうとしたが、何ともしぶといことにリドリーが起き上がろうとするのを見てやめた。
サムスは、今戦えない。ここでサムスに攻撃をさせるわけにはいかない。
「ピィカピ!」
サムスの前に立ちはだかり、頬の電気袋から放電して威嚇するピカチュウ。リドリーもピカチュウを敵と認識したのか、ピカチュウに見せ付けるように翼を広げて咆哮をあげた。
かみなりはピカチュウの技の中でもかなり強力な部類に入る技だし、実際リドリーにもかなりの効果をあげていた。
が、先ほどピカチュウがかみなりを当てることが出来たのは、単にリドリーがピカチュウを戦力としてみなしていなかったからだ。こうして対峙した以上、あのスピードの敵にかみなりを当てることは難しいだろう。
何しろ、サムスを軽々と持ち上げて飛べる図体をしているのにピカチュウに並ぶスピードを持つという反則的な相手だ。ちょっとでもこちらのスピードがゆるめば容赦なく攻撃されるだろう。
それでも、引くわけにはいかない。
ピカチュウは敵の攻撃をかわしざまに電撃を叩きつけるヒットアンドアウェイをとることにした。
幸いにもピカチュウの体はリドリーに比べるとかなり小柄だ。翼の陰や背中、足元などピカチュウならもぐり込める死角は少なくない。
ちょこまかと動き、極力サムスに注意が向かないように、ピカチュウは駆け回った。
「……ッ……」
叩きつけられたショックでスーツ内で脳震盪を起こしていたサムスは、何とか意識を保ちながらシステムのチェックを行った。
多少火花が散ってはいるものの、思ったほどダメージは大きくない。脳震盪さえ治れば数分で元通り動けるだろう。
と、少し離れた場所でリドリーが暴れているのをとらえた。たまに奔る青白いスパークで、ピカチュウが交戦しているのだと知れる。
「無茶だっ! 奴は……ッ」
リドリーが尻尾で床を駆け回るピカチュウを執拗に狙う。でんこうせっかでかわすピカチュウの横の床が火花をあげてえぐれる。もし直撃すれば……。
何とか動こうとするが、うまく体が動かない。今自分が向かっても、足手まといにしかならないだろう。
幸い、照準システムは正常だ。ピカチュウを援護するべくミサイルの照準を合わせ、腕をリドリーに向ける。
が。
「駄目だ……これじゃあ巻き込んでしまう」
真正面から戦っているのではなく、リドリーの周囲を走り回り、時には体に飛びつきながら電撃を浴びせている。これではピカチュウをミサイルの爆発に巻き込んでしまう。
それでも、一瞬のチャンスを狙うべく照準を保ち続ける。
ちょこまかと走り回るピカチュウにじれたのか、リドリーが翼を大きく羽ばたかせて強風を巻き起こす。サムスは正面にいなかったこととパワードスーツの重量があったせいで大した影響はなかったが、ピカチュウは思いがけない突風に吹き飛ばされた。
「ピィカァ!?」
その隙を見逃さず、リドリーはピカチュウを捕まえた。ピカチュウはもがきながら電撃を浴びせるが、リドリーは構わず高度を上げる。そして、そのまま床に叩きつけるべく腕を振り上げる。
「!」
とっさに照準システムを切り、最大速度でミサイルを発射する。狙うのは、大きく広げたリドリーの翼。
(間に合ってくれっ……!)
――ドォンッ!
ミサイルがリドリーの翼に着弾したのは、腕が振り下ろされたその瞬間だった。
広大な部屋中に響き渡る悲鳴と共に、リドリーが墜ちていく。そして、それよりも速いスピードで墜ちていくピカチュウ。
……この位置なら、もう一度かみなりを当てられる!
「ピィカァ〜!」
再び雷雲がたちこめ、翼のダメージに苦しむリドリーにさらなる天の鉄槌が落とされる。
ミサイルが着弾した時にリドリーのいた位置が悪く、このままではサムスのいる足場ではなくそのさらに下――暗闇の向こうにあるだろう遠い遠い床に叩きつけられることになりそうだ。が、ピカチュウにはもうなすすべがなかった。
せめてフィギュアの状態に戻るだけならばいいのだけれど。
そう祈りながら目を閉じたピカチュウは、不意に襲う横に引っ張られる感触に目を見張った。
『何とか間に合ったな』
グラップリングビームでピカチュウを捕まえて引き寄せたサムスが、バイザー越しに笑った。
出口から、久しく見ることのなかった太陽の光がこぼれ差す。
小走りに外へと出ると、そこはまるで遺跡のような場所だった。
――いや、遺跡というのは少々語弊があるだろう。
恐らく庭園か公園か、そういった憩いの場所として造られたに違いない。アラバスターのような純白の石を削られてできた彫刻や壁は欠けたり汚れたりしている部分は見当たらない。植物はやや少ないものの、雑草が伸び放題になっていたりペンペン草も生えないといった有様でもない。
明らかに何者かの手によって管理されているにも関わらず、人やそれに順ずる知的生命体のいたような痕跡が全くないのだ。
『そういえば、あの施設にも生き物のいる気配はなかった』
あれだけ走り回り、重要そうな場所もそうでない場所も立ち寄ったというのに、生命体といえばせいぜいリドリーくらいしか見当たらなかった。
しかし、椅子の一脚もない場所でありながら、ロボットには必要ないはずのモニターや手動操作用のコンソール、転送装置などがあったのも事実で。
サムスの独り言を聞きつけたピカチュウも、賛同するようにうなずいた。
ロボットだけでこの庭園を管理しているのだろうか? しかし、あの施設はともかくロボット達にこんな庭園は必要ない。
『そもそも、あのロボットや施設を作ったのは、一体何者なのだ?』
サムスのパワードスーツは、鳥人族のテクノロジーの結晶とも呼べるものだ。彼らの高水準の技術を、あんなにあっさりと解析・コピーできる技術があるなど、にわかには信じがたい。が、実際にそうされてしまったのだし、信じるしか道はない。
だが、その担い手は? あのロボットやこの施設が、ある日いきなり湧いて出るなどありえない。マスターハンドなら造れるかもしれないが、アレの性格上、こんなに優れたものを創ったとすれば絶対に自分達に見せびらかす。
そう、あのロボット達はまるで――
「……ピカ!」
ピカチュウが鋭く鳴いて、庭園の一箇所を指し示す。
巨大な銀色の球体を、二体のロボットが運んでいる。そのまま、サムス達が出てきたのとは別の入り口に入っていった。
『考えるのは後にするか。とりあえず動こう』
2人は歩き出した。