氷山
まるで血の海のような雲海の下で、ハルバードとグレートフォックスが正面から撃ち合っていた。アーウィンがやったように大気圏内でドッグファイトをするには、どちらも大きすぎるのだ。
決して小さくないグレートフォックスだが、巨大なハルバードと並ぶとまるで子供のようだ。それでも、淡い緑に輝くシールドを前面に展開しながら一斉射撃を繰り返す。ハルバードにはシールドはないが、グレートフォックスの主砲の直撃にもほとんど損傷は見られない。逆に側門から無数の弾を雨のように浴びせながら、主砲の一撃を真正面からグレートフォックスに叩き込む。
その1つ1つの光が小さな町を半壊させるだけの力を持つものであると知っていても、地上から見上げるそれは美しかった。
が、あいにく、地上でその光景を見上げている5人にはその光景を楽しんでいる余裕がなかった。
「あれは……ハルバード!」
サイズが違いすぎるし、ハルバードは戦艦だ。多少ビームを浴びたくらいでは沈んだりはしないだろう。逆に相手の船が心配だが、今のところはシールドは正常に機能している。どこまでもつかは、分からないが。
幸い、近くには非常に高い山がある。ここまで高度が下がり、なおかつ足場があるような状況はもうないだろう。今を逃せば、もうハルバードは奪還できないかもしれない。
「すまん、私はアレを追う!」
「あっ、メタナイト!?」
4人をその場に置き去りにして、メタナイトは近くの山に向かって翼を広げた。
その山の岩肌で、何かがピョコピョコと動いている。身軽にジャンプを繰り返し、山頂へ向かっているようだ。それぞれ青とピンクの防寒着に身を包み、身の丈ほどもある大きな木槌を背負っている。
その2人は岩棚に飛び乗り、陽気にハイタッチを交わした。
――アイスクライマー。氷山を制覇することを何よりの生きがいとする彼らは、こんな時でもやっぱり氷山に登っていた。
(……敵ではないな)
その無邪気な表情と行動に、メタナイトは彼らが亜空軍の手先ではないと直感した。そのまま無視して、翼を使いながらどんどん山を登っていく。
が、アイスクライマーはこれを無視できなかった。
「やだ、抜かれたよ!」
「あれ、誰?」
「知らないよ。でも、誰だっていいよ」
「絶対に、私たちが先に頂上に着くんだから!」
「絶対に、僕たちが先に頂上に着くんだから!」
2人はうなずき、さらにスピードを上げてメタナイトの後を追った。
一刻も早くハルバードに近づきたいメタナイトと、一刻も早くメタナイトを抜きたいアイスクライマー。この2人のスピードに、プリムのほとんどはついて来られなかった。うまく進路をふさげる位置にいたものも、邪魔だとばかりにギャラクシアや木槌になぎ払われて追い落とされる。
「何か変なの! 気持ち悪いや」
「空も気持ち悪いよね。やーな色」
「でも、吹雪かないからいいや」
「早く登りましょう!」
プリムを蹴散らしながらの2人の会話が聞こえたメタナイトは、内心そっとため息をついた。……敵ではないようだが、この分では味方にもなりそうにない。
足場はだんだん岩ではなく雪と氷に覆われ、メタナイトの靴は上手く地面を蹴ることが難しくなった。こうなると、最初から滑り止めがしっかりつけられているアイスクライマーが有利だ。瞬く間にメタナイトに追いついた。
「……! 待て、何かいるぞ!」
嫌な気配を感じ取り、メタナイトは警告した。が、2人はそれを無視して突き進む。
メタナイトの勘は当たり、どす黒い怨念のようなものがどこからともなく湧き出て3つの人のような姿になった。……フロウスだ。
『邪魔っ!』
同時に叫び、二方向から木槌が振り下ろされる。しかし、実体を持たないフロウスには物理的な攻撃は効きにくい。多少形が崩れた程度で、まだ残っている。数が多いせいで、回り込むこともできない。続いてアイスショットを打ち込むも、これも削りきれない。その隙にノーマークだったフロウスが2人に近づく。が、怨念を撒き散らす寸前に、メタナイトがドリルラッシュで特攻しそれを阻止した。
「こいつはなかなか倒れない! 一体ずつ確実に潰せ!」
フロウスが形を取り戻すよりも早く連撃を叩き込み、メタナイトは2人にそう怒鳴る。2人はポカンとした表情になったが、あわてて再び向かってくるフロウスに向けて身構えた。
プリムと同じ要領で追い払おうとしたから上手くいかなかっただけであって、本来2人の木槌の威力はかなりのものだ。勢いよく、そして今度は微妙にタイミングをずらしたつらら割の連撃に、今度こそフロウスは霧消した。
「あ、あの、ありがとう」
青い防寒着の少年――ポポが、少しためらいながらもメタナイトに礼を言った。その隣ではピンクの防寒着の少女――ナナがペコリとおじぎをしている。
「礼はいらん。とにかく、私は山頂に行かなければならん。邪魔はするな」
『ダメッ!』
同時に叫ばれ、メタナイトは反射的に身構える。亜空軍の手先でなくとも、邪魔をするなら排除するつもりだ。
「先に頂上に着くのは僕たち!」
「先に頂上に着くのは私たち!」
木槌の先端でメタナイトを指し、2人同時にそう宣言して再び氷山を登り始める。まるで双子のようにピッタリと息の合ったコンビだ。
「……勝手にしてくれ」
競走がしたくてここにいるわけではないメタナイトはがっくりと肩を落とした。本格的に、敵でも味方でもない相手のようだ。
と、甲高い悲鳴と氷の割れる音、いくつもの刃が風を切る音が上から響いてきた。メタナイトは気を取り直し、フォローに入るべく翼を広げた。
山の上に行くほど空気は薄く、足場も悪い。
山頂付近には亜空軍もいられないのか、止まない風だけが甲高い音で歌いながら荒れ狂っていた。
(……最悪な環境だな)
金属製の仮面がひどく冷える。メタナイトは天候がよくならないか祈っていたが。
「今日は天気がよくてよかったね、ナナ」
「うん。これで変な敵がいなければもっと楽だったのにね」
「そうだね。まあ、地吹雪で何も見えないとか、雪崩でまとめて押し流されるなんて状況になったら戦いどころじゃなくなるんだけどねー」
あははーと陽気に笑うアイスクライマーの会話を聞いてしまい、密かに肩を落とした。
障害物がなければ、氷山のスペシャリストであり装備も万全なアイスクライマーが完全に有利だ。先に頂上にたどりついたのは、アイスクライマーだった。
『やったー!』
ピョンピョンと飛び跳ねて喜ぶ2人の隣に、一拍遅れてメタナイトが並んだ。薄く積もった雪を払い、翼をマントに戻す。
「……まあいい。私はここに競走に来たのではない」
実はけっこう悔しいメタナイトであった。
と、3人は同時にそれに気づいて山頂の氷のてっぺんを見上げる。剣のように天に向かって突き立った氷の柱の鋭い切っ先に、何かが佇んでいた。
青い毛に覆われた尾が強い風にたなびいているが、その持ち主は強い風にもびくともせずに氷柱の上に佇んで瞑想している。と、閉じられていた紅い瞳がかっと開かれ今しがた頂上に来たばかりの3人を映した。
――ルカリオ。本来は雪山に生息する種族ではない。恐らく、修行のためにここへ来たのだろう。
小さく息を吐いて氷柱の上から飛び降り、メタナイトの前に着地した。
“……名のある戦士とお見受けする”
耳ではなく、頭の中に直接響く低音。じっと自分を見つめる視線を受け止め、メタナイトは直感した。彼は、悪しき者ではない。
“我はルカリオ。一手ご教授願いたい”
ゆっくりと身構えたルカリオの手に、青い炎が宿る。波導のことなど全く知らないメタナイトであったが、手の甲にあるトゲなどよりはよほど威力があるだろうことは感じ取れた。
そう、彼は決して敵ではない。余計なことをしている時間もない。
それでも、誇り高い騎士として、誇り高い戦士との戦いを避けられるはずがない。メタナイトは、ゆっくりと愛剣を構えた。
「我が名はメタナイト。貴殿の申し出、お受けしよう」
氷山の冷え切った空気よりピンと張り詰めた空気に、見守るアイスクライマーは思わず固唾を呑んだ。
動いたのは、ほとんど同時だった。
ルカリオは素早いが、見切れないほどではない。ルカリオの突進速度に合わせて、メタナイトは剣でフェイントをかけつつ蹴りを放った。
「……!?」
が、そのどれもが空しく空を切った。ルカリオが、さらに速度を上げてメタナイトの脇をすり抜けたのだ。慌てて視界の端に映る青い姿に向けてギャラクシアを振るう。
しかし、一撃があたった瞬間、まるで陽炎のようにその姿がゆらめいて消えた。その向こうに再び映る青い影。
(しまっ……)
体勢を立て直そうにも、無理な体勢から一撃を放った直後では不可能だ。ほとんど無防備な状態で、メタナイトはルカリオのはどうげきをくらってしまった。
「ぐぅっ!?」
だが、一撃だけでやられるほどメタナイトも弱くはない。すぐさま体勢を立て直して再びルカリオに向かう。
ルカリオは、ほとんど溜めない状態でのはどうだんをいくつかメタナイトに向けて放った。もちろん、この程度の攻撃に当たるほどメタナイトも遅くはない。最小限の動きでかわして、ドリルラッシュをたたきこむ。
が、ルカリオはしんそくでこれをかわした。少し離れたところで着地したメタナイトは、チャンスとばかりにディメンジョンマントで姿を消した。この距離からなら不意打ちができるだろう。
ルカリオの後ろに出るつもりで開いたマントの目の前では、再びルカリオがはどうげきの構えに入っていた。
「何っ!?」
避けきれず、先ほどまでルカリオが立っていた氷柱に叩きつけられるメタナイト。
(何故だ?)
先ほどから、こちらの動きが読まれているような気がする。こちらが訝しんでいることに気づいたのか、ルカリオがメタナイトに見せるように波導を溜め始めた。
“貴殿の心を読んでいるわけではない。我はただ波導を見ている”
「波導とは?」
“分かりやすく言えば生命の力だ。全ての生きとし生けるものは、皆この波導を放っている”
ルカリオの全身が、まるで燃え盛るかのように青い波導に覆われる。
“我は波導の使い手。だから分かるのだ。この赤い空の向こうにある、おぞましい波導の持ち主がこの世界を破滅に導こうとしているのが”
再び、ルカリオの両手に波導が集まる。
“そして、この歪んだ波導に最も近しいこの場所では、貴殿の清廉な波導は何よりも強く我の目を惹く!”
最大まで溜められたはどうだんが、メタナイトに向かってまっすぐ放たれる。
かなりの威力があるとはいえ、距離がある。かわすだろうとルカリオは踏んでいた。が、メタナイトはドリルラッシュではどうだんを強引に突破した。
“何っ!?”
「うりゃりゃりゃりゃ!」
一瞬の動揺を見逃さず、メタナイトは乱れ斬りを放つ。ひるんだ隙にさらに袈裟斬りを三段まで叩き込んで跳ね上げる。追撃をかける前に、ルカリオはしんそくを使ってメタナイトの射程から外れた。メタナイトもあえて強引な追撃はかけず、その場にとどまる。
“まさか、我のはどうだんを真正面から受けるとは……”
「この試合、私は騎士として、正々堂々、己の魂に恥じぬ戦いがしたいのだ」
決して耐久力があるわけではないメタナイトだ。強引にはどうだんを突破したダメージは、かなり深刻なものだ。それでも、メタナイトは静かに剣を構えた。
“やはり、貴殿は我が見込んだ通りの素晴らしい戦士だ”
ルカリオは息を整え、低く身構えた。小細工などいらない。互いの誇りをかけて、真正面からぶつかるのみだ。
一瞬の静寂の後、ルカリオは駆け出した。
“ハァァァァァァァ!”
走りながら、ルカリオははっけいの構えを取る。これで投げつけた後にとどめのはどうげきを叩き込む。
メタナイトの波導は――凪の海面のように、まだ動く気配はない。しかし、いつ風が吹くかは、いかなルカリオといえども完全に予測できるわけではないのだ。
(少し早いが……ここで仕留める!)
ルカリオがはっけいを繰り出したのと同時に、メタナイトが胴抜きを繰り出した。
2つの青い影が交差し――
とさっ。
倒れてフィギュアに戻ったのは、ルカリオだった。
「……悪くないが、波導に頼りすぎだ」
ギャラクシアを収めて、メタナイトは小さくつぶやいた。
ルカリオが息を整える姿が、最初の瞑想の姿と重なって見えたときに思いついたのだ。
命の動きを波としてとらえてこちらの動きを予測しているのなら、その波を押さえ込めば行動しないものと判断されるのではないだろうか。そう思って精神集中を行い、ルカリオが攻撃を仕掛けるタイミングでの反撃を狙ったのだが、どうやらうまくいったようだ。
早くもうっすらと雪に覆われ始めたフィギュアの雪を軽く払い、メタナイトは静かに台座に手をかけた。
“うぅ……我は、負けたのか……”
ルカリオはゆっくりと起き上がり、片手を顔に当ててゆるやかに首を振った。
再び立ち上がってファイティングポーズをとるルカリオと、それに合わせて剣を構えるメタナイト。最初から最後まで傍観者だったアイスクライマーがまた戦い始めるんじゃないだろうかと恐る恐る両者を伺う中、2人は手を差し伸べてしっかりと握手をした。
“素晴らしい戦いだった。感謝する”
「私の方こそ、いい経験になった」
ほっとするアイスクライマー。張り詰めていた空気は、少しだけ暖かいものに変わった。
“……む”
ルカリオが何かに気づいて視線を赤い空に向けた。メタナイトとアイスクライマーも、そちらを向く。
赤い雲を突き抜けて、グレートフォックスが現れた。続いて、ハルバード。
どうやら、シールドを突破されてしまったらしい。いくつものアンカーを打ち込まれ、ワイヤーでハルバードの下腹部に固定されてしまっている。
ハルバードはそのまま、ルカリオが立っていた氷柱にグレートフォックスを押し付け始めた。質量でそのまま押しつぶすつもりのようだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
戦いの邪魔にならないように端の方に立っていたアイスクライマーは、突然の揺れに対処しきれず真っ逆さまに落ちていった。
「乗り込むぞ!」
“応!”
早くも影虫に侵食されはじめているグレートフォックスの外装をよじ登り、メタナイトとルカリオはハルバードに乗り込んだ。
戻る