天空界



水鏡には、急速に広がっていく“穴”とそこに吸い込まれる空中スタジアムが映し出された。
「あっ!」
ピットが思わず身を乗り出した時、彼の背後からやわらかな光が差し込んできた。
慌てて振り返ると、そこには彼の主人である光の女神パルテナが立っていた。先ほどの光は、彼女の放つ後光だ。
「パルテナ様!」
ピットは慌ててパルテナの前にひざまづき、今見たことを報告する。……と、それをさえぎるようにパルテナがそっと手を差し出した。その手の先に光の珠が生まれ、ゆっくりとピットに向かっていく。それはやがて弓の形になり、そっとピットの手に収まった。
弓、と一口に言っても、それは普通の弓ではない。装飾の一つもないシンプルなものだが、これはかつての彼の功績から女神直々に下賜たまわった、彼のためだけの神弓。
ピットは弓を手にパルテナを見た。パルテナは、彼方を指して厳かに告げた。

――行きなさい。

「はいっ!」
もう一度深々と頭を下げ、礼もそこそこにピットは走り出す。弓を掲げて感謝の意を示し、空中で途切れた階段の一番上の段で振り返って立ち止まる。
と、彼の背後にごく細い光の線が生まれた。同時に、そこから強い風が吹き込んできて髪と衣服をはためかせる。
線はどんどん大きくなり、やがて扉となって開いていく。金色の雲の地平線の見える、はるかなる空。
「行ってまいります、パルテナ様」
開かれた天界の扉を背に、ピットはそっと目を閉じて背中を空に預けた。落下の浮遊感と冷たく清涼な風が彼を迎える。
バサッ!
ある程度の高度まで落ちたところで、ピットは空中で身をよじって翼を広げた。今までの自由落下から滑空に切り替わったことで、浮遊感が風を切って飛ぶ快感にとってかわる。上機嫌で雲の間をぬって空を飛んだピットは、適当な岩を見つけてそこに降り立った。
……といっても、ここはまだ天空。それなのに何故岩があるのかというと……実を言えば、空を飛べないピットのためである。
確かに翼はあるし、風を受ければ滑空することもできる。が、他の天使のように自由に空を飛ぶことは、何故か彼には出来なかった。そんな親衛隊長のために、パルテナがいくつかの岩を浮遊させたり雲を固めたりして地上への道を作ったのだ。
と、不穏な空気を感じたピットの目が細められる。
彼の後方にあった不気味な赤い雲から、水鏡で見た通りの姿の戦艦が姿を現す。あの紫色の物体を雪のように散らしながら、悠然とピットの頭上を通り過ぎていく。
どうやら神殿には影響はなさそうだと内心安堵したピットだったが、ポコポコと生まれてくるあの人形のような兵士達が自分を取り囲むのを見て身構えた。
ここで全滅させておかないと、神殿、ひいてはパルテナに害をなすかもしれない。



「ハッ!」
空中に浮かぶ奇妙な砲台のようなものを倒して、これ以上動くものがいないことを確認してから、ピットは小さく息を吐いて構えていた双剣を下ろした。それぞれの柄頭を合わせるようにすると、音も無く2つがくっついて弓の姿に戻る。
これが、彼の弓に弦がない理由。弓としてだけではなく、2つに分けて剣としても用いることができるのだ。
「……ん?」
と、雲の隙間になにやら妙なものを見た気がして、ピットは目を細めた。
雲に半ば埋もれて光の加減で時折キラリと光るそれは。
「……フィギュア!」



光と共に目覚めたマリオが最初に見たものは、雲だった。
(……ここは、空か……飛ばされたのか)
『天国』という単語が出てこないあたり、さすがはフィギュアである。まぁ、どこよりも天国に近い場所なのだが。
ふわふわとしていながらも意外にしっかりした雲の上に立ち上がる。と、近くに立っていた弓を持つ天使と目が合う。
「君は……」
「僕は女神パルテナの親衛隊長を務めているピットです。……スタジアムの一件は、全て見ていました」
マリオはうなずいた。彼が悪人でないことは、目を見れば分かる。
「あの亜空軍を率いているのはエインシャント卿という人物だ。何を考えているのかは分からないが」
「僕もそこまでは見てません。でも、あの戦艦をどうにかすれば手がかりは得られるでしょう。どのみち、アレをばら撒かれ続けるのはとめないといけませんし」
2人はうなずいて、ハルバードの後を追った。



ハルバードは、偶然かどうかはわからないがパルテナの作った道の上を沿うように飛んでいた。
おかげで空を飛べない2人でも追跡は可能だったが――それはハルバードからばら撒かれた奇妙な兵士達にも2人の足止めが可能だということだ。
「うわっ!?」
どこからともなく転がってきた黒と黄色をベースにした球体が、上から飛んで来る雷球に気を取られていたピットを電撃で襲う。
「気をつけろ!」
マリオがそれを殴り飛ばすのとほぼ同時に、ピットの放った光の矢が雲の形をした敵を貫いた。
「すみませ……っ!」
とっさに鏡の盾を向けると、どこからか飛んできたブーメランは跳ね返されて持ち主に直撃した。
敵の攻撃パターンは相変わらず単調なものではあったが……上から降ってくる雷球に気を取られていると足場を転がる球体に電撃をくらい、近くに迫ってくるものと遠くからブーメランを投げてくるものとの攻撃のタイミングが合えば連携攻撃となる。
それでも、2人ともこの程度の敵にやられるほど弱くはない。立ちはだかる敵を蹴散らしながら、急いでハルバードを追う。
が。
「ダメです……ここから先に道はない」
悠然と飛んでいくハルバードの後ろ姿を、悔しそうにピットは眺める。弓の射程からも外れているし、そもそもピットの弓でどうにかできるようなサイズではない。これ以上の追跡は不可能だ。
「じゃあ、とにかく地上に降りよう。そこでまた追えば……ん?」
突然、大きな雲を突っ切って鋭角的なデザインの戦闘機が飛び出してきた。
白と青にカラーリングされたそれは、翼の端に雲を引っ掛けながらかなりのスピードでハルバードを追っていった。