荒廃した動物園
どんよりと曇った空。人の姿もなく荒れ果てた動物園は、かつてにぎわっていただろう名残をわずかにとどめているだけに、余計に荒涼とした場所となっていた。
転がっていた空き缶を蹴飛ばして、リュカは不安そうに動物園を歩いていた。
こんなところにいたくはないのだが、広い動物園の中で迷ってしまったのだ。
「怖いなぁ……お化けとか出たらどうしよう」
一応、彼はPSIという特殊能力を持っているので戦えないわけではない。が、戦えるかどうかと怖くないかどうかは別問題で。
と、雪のように黒っぽい何かが降ってきた。それは地面でまとまって、ポコポコと人型に固まる。
「ひっ……」
のったりと近付いてくるそれにリュカは怯えて後ずさる。それがプリムと呼ばれる亜空軍の手先であることを、リュカはまだ知らなかった。が、仲良くなれるとも到底思えなかった。
と、後ろからズシンという重い地響きがした。恐る恐る振り向くと……巨大な石像「キングのぞう」がリュカに向かって歩いてくるところだった。
「ひゃあああああっ!」
巨大な石像と気味の悪い人形では、人形の方がマシだ。リュカは悲鳴をあげながら、ゆらゆらと近付いてくる人形達に突っ込んでいった。
転がる空き箱や崩れた何かの上を飛び越え、プリム達を倒していく。他にも焼けた鉄を降らせてくるものなどもいたが、幸いにもリュカの力で十分に切り抜けられる相手だった。
が、リュカの顔が恐怖に引き攣っているわけは、後ろから追ってくるキングのぞうのせいだ。
そこまで足が速いわけではないので追いつかれることはまずないだろうが、立ちはだかる敵が邪魔して逃げ切れない。多少大きな障害物があっても、お構いなしに破壊して追いかけてくる。さっきはトンネルを通って逃げてきたのだが、トンネルの高さより高いにも関わらずトンネルの天井を破壊して追いかけてきた。
と、目の前に大きな池があった。かなり深そうだ。
「……これなら!」
幸い、あたりに敵の姿はない。リュカは思い切って池を飛び越えた。PSIを使ってふわりと池を飛び越すと、追ってきた像はそのまま池に沈んでいった。
「やったぁ!」
作戦成功、リュカはガッツポーズをとって池から離れる。と、池から像が飛び出してリュカの前に着地した。
「嘘だぁぁぁっ!」
再び逃げ出すリュカ。
と、地面にあった何かの金具のようなものに足が引っかかる。リュカはその場で勢いよく転んでしまった。
「う、うわ」
慌てて外そうとするが、外れない。キングのぞうは、そんなことに構わずリュカに近付いていく。
「うわああああああああっ!」
巨大な足が振り上げられ、リュカは悲鳴を上げた。
「PKサンダー!」
どこからともなく飛んできた雷球が像の頭に命中し、片足を上げたバランスの悪い体勢だった像はそのまま仰向けに倒れた。
「……え?」
きょとんとするリュカのとなりに、スタッと誰かが着地する。リュカと同じくらいの年頃の、黒髪の少年だ。
――ネス。実は彼も迷子になっていたのだが、そんなことはおくびにも出さずに笑いかける。
「大丈夫?」
「う、うん」
と、キングの像が再び起き上がり、今度はふわりと浮かび上がる。ネスも同じく空中に浮かび、PSIを練り上げる。
「PK……フラーッシュ!」
威力を最大限に高められた緑色の光球はキングのぞうの中心で炸裂、そのまま石像を木っ端微塵に破壊した。
それと同時に、耳障りな金属音と共にカニのような奇妙な機械がやってくる。それに乗っているのは、キングのぞうのモデルだ。
「ポーキー!」
腰が抜けたまま後ずさるリュカをかばうように、ネスが構えをとる。
「下がってて。大丈夫だから」
自信満々のその様子に、リュカはこくこくとうなずいた。
「PKフラッシュ!」
キングのぞうを倒したあの技のタメに入る。が、ポーキーはいきなり速度を上げて突っ込んでくる。
「うわっ!」
慌てて回避する。あの金髪の子は、ちゃんと安全な場所まで逃げたみたいだ。
「PKファイア! PKサンダー!」
火柱で足止めをし、雷球をポーキーではなく自分にぶつける。その反動で雷をまとったままポーキーに突撃してダメージを与える。
が、ポーキーは機械の鋭い足を素早く動かして連続攻撃を仕掛けてきた。
「――っ!」
慌てて距離をとるネス。そこに、ポーキー型のロボットが走り寄ってきた。
ヨーヨーでロボットを攻撃するが、ロボットは攻撃を無視して走り続ける。
「……?」
と、ネスの隣でロボットが転んだ。
ドンッ!
「うわっ!?」
ロボットは途端に爆発し、ネスは空中高く吹っ飛ばされた。他のロボットも転んでは爆発している。
PSIで姿勢を制御し、ポーキーの真上に移動してニードルキックを放つ。と、いきなりポーキーが浮かび上がった。サーチライトで地面を照らし、攻撃のターゲットを探しているようだ。クラウチングキックを連続で繰り出しながらネスがそれを見ていると、サーチライトの当たった場所にビームが放たれた。……のはいいのだが、不幸なことにネスはその発射口のすぐ近くにいた。
「っ!」
ポーキーから叩き落される。サーチライトをかわしながらネスが着地すると、ポーキーも降りてきた。
「今なら……PKフラッシュ!」
ネスは再びタメに入る。ポーキーの方も、レーザー光線のタメに入った。
――ドォン!
爆発したのは、ポーキーだった。ネスの方がわずかに発動が早かったのだ。そのまま誘爆していき、ポーキーは動かなくなる。まぁどうせポーキーだ。この機械が壊れた程度では死なないだろう。
「やったぁ!」
少し離れたところで見ていたリュカが歓声をあげて駆け寄る。
「ね、大丈夫だったでしょ」
ネスも笑い返す。
と、誰かの思念を感じて2人はほぼ同時に顔を上げた。……サル山だったのだろう大きな岩山のてっぺんに、銃を構えた太った男がいる。
ワリオはとりあえず手近にいる黒髪の方に照準を合わせてダークキャノンの引き金を引いた。
「――!」
ネスはふわりと黒い矢印を回避する。ワリオもダークキャノンを連射するが、軌道のよめないふわりとした動きでネスは次々に回避していく。いらだたしげに舌打ちをしたワリオは、金髪の方の注意が完全にこちらからそれているのを発見して即座に標的を変えた。
敵に注意を向けていたネスも、標的が変わったことにすぐに気がついた。が……わずかに遅い!
リュカが振り向いた時には、黒い矢印は――
「危ない!」
リュカを突き飛ばしたネスを、貫いた。
ゴトン。
目の前に転がるあの子だったフィギュア。リュカが呆然としていると、岩山から飛び降りたアイツが近付いてくる。
――あの子は僕を助けてくれた。だから助けなきゃ。
――いやだ、怖い。勝てない。
男が、フィギュアを拾い上げる。
――僕だって戦えるはず。
――あの子だって勝てなかったんだよ、無理だよ。
「う……うわあああああっ!」
リュカは逃げ出した。敗北と恐怖に、彼の心は勝てなかった。
雷鳴がとどろき、どしゃ降りの雨が降り出す。背後で響く笑い声。逃げ出した自分を責めながらも、リュカの足は止まらなかった。
雨はやがて上がったが、リュカの心が晴れることはなかった。びしょ濡れになった服には、きっと自分の涙も染み付いているはずだ。
(僕は……あの子を見捨てたんだ)
見ず知らずの自分を、体を張ってまで助けてくれたのに。お礼すら、言えなかった。
と、うつむきながら歩いていたせいで何かにぶつかった。リュカが顔を上げると、そこには少し年上の少年がいた。
「あの」
話しかけようとすると、その子はそれを手で制した。無言のまま指された方を見ると、いつのまにかあの人形達が周囲を取り囲んでいた。
「ひっ……!」
「君、戦える?」
赤と白に塗り分けられたボールを取り出してその子が訊いてきた。
「え、えぇと、一応」
「俺は無理」
「え!?」
じゃあ、何で自分より落ち着いてるのだろう。
「だから――ゼニガメ!」
ボールが放り投げられる。パカッと開いて中から赤い光が飛び出し、青いカメのような姿になった。
「俺はポケモントレーナー、ポケモン達が俺のために戦う。……今はゼニガメしかいないけど」
ピッと前方を指差す。
「ゼニガメ、中央突破だ!」
「ゼニ!」
トレーナーの指示に従い、ゼニガメが円陣に突っ込んでいった。
「で、君は?」
ゼニガメが切り開いた道を走りながら、トレーナーは隣の少年に問いかけた。一応戦えるというのは本当らしく、時折近付いてくるものは彼がやっつけてくれている。
「リュ、リュカ」
「1人?」
「……。うん」
リュカは悲しそうにうつむいたが、ゼニガメに指示を出していたトレーナーは気付かなかった。
「ゼニガメ、そこの建物に入るぞ! とにかくここから出るんだ!」
「ガァ!」
水を吐き出して近付く敵を押しやりながら、ゼニガメは2人のために道を開いた。
「リュカ、ゼニガメのかわりに前に出てくれないか?」
「……え?」
管理棟だったらしいそこを駆け抜けながら、トレーナーはそう打診した。
「そろそろゼニガメが疲れてる。本当は戻した方がいいんだけど、それだとやられちゃうから。だから、代わりに前に出てくれ。援護はするから」
「わ、分かった」
リュカにはゼニガメが疲れているようには見えないのだが、助けられてばかりというのもよくない。トレーナーから離れて前に出ることにした。
と、少し広くなった場所で奇妙な敵に囲まれた。2色に塗り分けられたボールに、一つ目と口がついているしろものだ。
「な、何コレ」
「……バイタンという敵らしい。分裂して数を増やす特殊能力がある、数が増える前に叩くんだ」
ポケモン図鑑を開いたトレーナーが後ろから解説する。本来ならポケモンしか表示しないはずなのだが、何故かポケモンでもない彼らにも反応するのだ。都合がいいから、トレーナーは突っ込まないことにした。
ダッシュしたゼニガメが分裂しようとしたバイタンを叩く。バイタンは吹っ飛んで、柔らかく弾んだ。
(あ、一撃で倒しきれてない。もしかして、強い?)
リュカがぼうっきれで手近なものを叩くと、あっけなく弾けて消えた。……別段強いわけでもない。
「だから! ゼニガメは疲れてるんだ! 疲れれば攻撃の威力も下がるしリアクションも悪くなる!」
トレーナーの言葉に、リュカははっとする。そういえば、あんなに素早いゼニガメも、だんだんと相手の攻撃をかわしきれなくなっている。
トレーナーも、本当は戦いを止めさせて休ませたいのだろう。でも、今の状況ではそれもできない。だからこそ、あんなに焦ってるのだろう。
「……PKフリーズ!」
リュカは最大出力のPSIで残りのバイタン達を氷漬けにした。……とにかく、早くこの動物園から出ないと。
管理棟にあった全体地図から出口までのルートを調べ、敵を蹴散らしながらどうにか朽ち果てたエントランスまでやってきた。ようやく外に出られると、リュカはほっとため息をついた。
「何とか出られたな。……よくやった、ゼニガメ」
ゼニガメをボールに戻し、トレーナーもほっとした顔になった。
トレーナーの服が濡れているのは、途中にあった障害物を乗り越え切れなかったトレーナーが大きな池を突っ切ることを提案したからだ。結局リュカは池のそばの障害物を乗り越えて、トレーナーはゼニガメにつかまって池のふちを泳いだ。つくづく、指示以外は何もしない人であった。
「じゃ、俺はこれで」
「……あ」
トレーナーはすたすたと歩き出す。リュカはしばらくその背中を見ていた。
――脳裏に、フィギュアにされたあの子がよみがえる。アイツにつかまった後、どうなったのか分からない。もしかしたら、アイツに壊されたかも……。
この人まで……そんな目には合わせられない。
「待って!」
リュカは慌ててトレーナーの後を追った。