戦場の砦
折れた矢が散らばり打ち捨てられたバリスタや破城槌が転がる、戦争の爪痕が生々しく残る荒野の一角。……この世界で戦争が起こるなどということはまずないので、マスターハンドが雰囲気として作ったものなのだが。
そこに降ろされた亜空間爆弾を、2体のロボットが起動させた。
……もうすぐ、3分。2体のロボットはうつむき、目――正確にはアイカメラを静かに閉じた。祈るように。
――爆発。
生み出された亜空間は、急速に広がりながら周囲のあらゆるものを飲み込んでいく。いや、今まさに生まれようとしている亜空軍の兵士達は、それに飲み込まれていない。
広がるそれと押し寄せるプリム達を、打ち捨てられた砦のてっぺんから眺める者がいた。
――マルス。彼がこんなところにいる理由はよく分からないが、とにかく彼は亜空間が広がる瞬間を確かに見た。
「何だ、あれは……」
あの奇妙な空間も、押し寄せる者共も、見たことのないものだ。だが、マルスには分かる。あれは――自分とは相容れないものだ。
守るものもない空の砦で、マルスは剣を高々と掲げた。神剣ファルシオンが、雲間から差す陽光を反射し煌いた。
敵の侵攻は思ったよりも早く、マルスが降りてきた階には既に先ほど見た敵がいた。
「ふっ!」
素早く駆け寄って斬り払う。中にはビームソードを持ったものもいたが、剣の技はマルスに遠く及ばない。マルスより長いリーチをろくに活かしきれずにファルシオンの露と消えた。
「ファッファッファ……」
と、年寄りめいた笑い声とともに金色の兜をかぶった魚のような敵が現れた。両手のような部分には、レイピアを太めにしたような刺突用の剣。
「我はアラモス卿なり! いざ尋常に勝負!」
「僕はマルス。手加減はしないよ」
そう言いつつダッシュしレイドチョップを放つが、アラモス卿はくるりと宙返りをしてこれをかわす。レイピアの反撃を緊急回避でかいくぐり振り向き様に斬りつけると、空を飛んでいるためか結構な距離を吹っ飛ばされた。
とどめをさそうと間合いをつめるマルス。間合いに遠いにも関わらず剣を振り上げたアラモス卿に、嫌な予感がしたマルスはとっさに大きく跳んだ。
ブンッ!
何と、アラモス卿は剣を投げつけてきたのだ。しかも、どこからか新しい剣を取り出して装備している。
「遅い!」
ザン!
体勢を整える前に、マルスの剣が一閃した。
「……仮にも卿を名乗るのなら、剣を投げつけるなどという言語道断なことはするべきじゃなかったな」
砕け散って光の粒になったアラモス卿を振り返ることなく呟くと、マルスは再び走り出した。倒すべき敵は、まだまだいる。
砦の中の敵を一掃し、砦の外に出る。
「……!」
と、いきなり何かが高速で突っ込んできた。慌ててかわすと、それはしばらく進んだところで急停止し、またこちらに向き直った。
タイヤが一つしかない赤いバイクのような敵だが、マルスはバイクという概念を知らなかった。まぁ、向こうが何をしたいかは一目瞭然だったが。
再び突っ込んでくるそれに、マルスは静かに向き直った。ファルシオンを構えて目を閉じる。
「――ふっ」
すれ違い様に刃が閃く。派手な爆音を上げて、タイヤがコロコロと転がっていった。
「これくらいなら……」
と言いかけたマルスだったが、前方を見て口を閉じた。
ブルルルル、とエンジン音を響かせてこちらを見ている同じ敵。プリム達もこちらに押し寄せてきている。
「……一体どれだけいるんだ?」
そこまで強くないといっても、これだけ多いとうんざりだ。それでも、マルスは剣を握りなおした。
敵なら戦う。力尽きるその時まで剣を振るい続ける。それが自分の使命だから。
敵を蹴散らし、あの奇妙な空間の近くまで来る。嫌な雰囲気だ。
その向こうに何かの気配がないか、マルスは気を探っていく。
「――!」
とっさにファルシオンを横薙ぎに振るう。弾き返されたのは、金色の小さな剣とその持ち主である仮面の剣士だ。……一頭身だが。
ザッとそいつは漆黒の翼を上手く使って体勢を整え、再びマルスに突っ込んでいく。
――メタナイト。かの戦艦ハルバードの持ち主は、どういうわけか1人地を彷徨っていたのだ。
キキキンッ!
目にもとまらぬ連続攻撃を、全てファルシオンで受け止める。
(こいつ……強い!)
ファルシオンを両手に持ち替え、マルスは本気で構えた。手を抜けば、やられるのはこっちだ。向こうもマルスの実力を警戒して、攻撃のタイミングを図っているようだ。
ほぼ同時に動く。マルスが下から、メタナイトが上から剣を振るう。力はマルスが上だが、体勢的に全体重をかけられるメタナイトはマルスの剣を受け止めた。
と、動きの止まった2人を狙ってプリム達が一斉に飛びかかる!
――ザンッ!
噛みあった剣をずらしてすれ違った2人の剣が、プリム達を一撃で屠る。……ふと気付くと、2人はプリム達に取り囲まれていた。
「……ここは一時休戦しませんか」
自然と背中合わせになるようになった相手に、視線を敵から外さないままマルスが囁いた。
「ああ。まずはこいつらを片付けないと」
仮面の騎士は、思っていたより低い声で同意した。
狭まる包囲網。2人は、一斉に駆け出した。
マルスがドラゴンキラーでプリムをまとめてふっ飛ばせば、メタナイトはドリルラッシュで上空の敵を一掃する。
二振りの剣が閃くたびに、確実に敵は倒れていった。屍の山がないのは、倒されたそれらがすぐに溶けて消えてしまうから。
「キリがない……急いでエインシャント卿を追わねばならんのに」
メタナイトのもらした呟きに、少し余裕のできたマルスが応えた。
「それは……これらの司令官ですか」
「ああ。私の戦艦を奪ってどこかに逃げた……恐らくアレも、奴の仕業だ」
アレとは、少し離れたところにあるぽっかりと空いた空間。
「方向は?」
「北東だ」
「なら、丁度いい。砦の隠し通路を抜けていけばこの大軍を突っ切らずにすみます」
つい先ほどまでは剣を交えていた2人だが、この乱戦の中ですっかりそのことを忘れている。まあ、これだけ敵がいれば仕方ないのかもしれない。
「どけぇっ!」
「はぁっ!」
2人は一気に駆け出した。
包囲網を突破し、マルスの案内で地下の隠し通路に下りる。そこにも、既に数体のプリムがいた。
「こんなところにまで……」
「まあ、地上よりは少ない。手間ははぶける」
さっさとそれらを片付けて、メタナイトは小さく肩をすくめた。
「……ところで、名前をうかがっても? 僕はマルスです」
「メタナイトだ」
2人は少し悩んで、お互い右手で握手した。
トロッコに乗って地下通路を進む。途中の敵は、全てスピードに乗ったトロッコが蹴散らしてくれた。
地上に出ると、そこは荒野だった。銀色の球体をぶら下げた緑色のマントとフードを身に纏った人物がどこかに向かって飛んでいく。
「……あいつだ!」
2人は一斉に駆け出した。
「はぁっ!」
マルスが高く跳んでドルフィンスラッシュを繰り出す。が、エインシャント卿は少し動いただけでこれをかわした。続くメタナイトの攻撃も、わずかに届かない。マリオ達の時と同じように逃げられるなと判断したエインシャント卿は、くるくると回転しながら放り投げられた金色の大剣に気付かなかった。
「天・空!」
剣の後を追うように舞い上がった青年が、空中で剣を掴んで一撃を繰り出す。
ガキュイ!
見事に亜空間爆弾に食い込んだ剣。その衝撃で飛行に使っていたバーニアが壊れたらしく、エインシャント卿はフラフラとどこかに飛んでいった。
火花を散らす亜空間爆弾の傍に着地したのは、精悍な顔立ちの青年だ。
――アイク。彼もまた、エインシャント卿を追っていたのだ。
「君は……」
「そんな事より、奴を追うぞ!」
マルスの問いかけも綺麗に聞き流し、アイクはさっさと走り出す。マルスとメタナイトも後に続いた。
「君は誰だい?」
「とう!」
「僕はマ」
「せいやぁ!」
「……」
見事なまでに聞いてくれてない。マルスは彼と会話をすることを諦めた。
「まあ、少なくとも敵ではないようだな」
マルスより早くに会話の努力を放棄したメタナイトが呟いた。
彼は驚くべきことに、本来両手で扱うサイズの剣を片手で振るっている。マルスとそこまで体格が違わないというのに、あの膂力は一体どこから出てくるのだろうか。剣が大振りなためにマルスやメタナイトのように素早く剣を振るうことは出来ないが、その破壊力はそれを補って余りあるものだ。
立ちふさがる敵を蹴散らしながら、エインシャント卿を追う。何とか体勢を立て直した卿は、3人を振り切るために崖の向こう側に飛んでいった。
ピョコピョコピョコ。
ワドルディが1人、道を急いでいる。
と、その前にへっぴり腰ながらもファイティングポーズをとって立ちふさがる人物がいた。
――ルイージ。兄の苦境にも関わらず、彼は一体何をしているのだろう。
「どしたの?」
「え? あ、いや」
「ごめんね、急いでるんだ。じゃね」
走り出すワドルディについ道を譲ってしまい、ルイージは1人落ち込む。
「はぁ……やるんだ自分。永遠に2番手に甘んじるわけにはいかないんだ」
どうやら修行のつもりらしい。
再び通りかかるワドルディにファイティングポーズをとるが、不思議そうに眺められてまた反射的に足が下がる。
……と、背後にヌッと何かが現れた。
ゴスッ!
「あわわわ……!」
容赦ない木槌の一撃が、哀れなルイージを空高く打ち上げた。落ちてくるルイージのフィギュアを、下手人がハンマーの先で器用にキャッチした。
――デデデ。意外にかくれんぼの才能があるらしい。
「わっはっは、ちょうどいい」
「あ、こんなところにいたんだデデデ」
と、さっきのワドルディが駆け寄ってくる。
「デデデ大王と呼ばんか、デデデ大王と。……それで?」
「フィギュアをのせたカーゴがこっちに来るよ。もうすぐここを通るはず」
「そうか。よしよし、お前達、隠れろ!」
ルイージのフィギュアを道端に置き、デデデはパッと隠れた。
ワドルディの言葉通り、しばらくしてワリオがやって来た。
「む?」
と、道端にあるフィギュアに目が止まる。
「何だ、こんなところでフィギュアを見つけるとは、オレ様はつくづくついているな!」
カーゴを止めてフィギュアを拾う。
「ルイージか。まあ、いいだろ……うおっ!?」
いきなり駆け寄ってきたワドルディ軍団に持ち上げられ、ワリオはフィギュアを放り投げた。フィギュアはそのままカーゴの中に落ちる。その隙にカーゴに駆け寄ったデデデは、フィギュアを載せたまま走り去る。走っても追いかけられない距離までカーゴが逃げたところで、ワドルディ達もワリオを放り出してデデデの後を追って逃げた。
「全く、何なんだ……あーっ!」
ワリオが気付いた時には時すでに遅し。デデデとワドルディ軍団は、どこへともなく姿を消していた。
「何てことだ! クソッ!」
ワリオは地団駄を踏んで悔しがったが、最早後の祭りだった。