森〜研究施設


静寂の中に、どこからともなく鳥の歌声が響き渡る深い森。その中央の祭壇に、一振りの剣が突き立っていた。
“退魔剣”マスターソード。選ばれし勇者のみを主とする神聖な剣だ。
その祭壇の前に、妖精をつれた1人の青年が現れる。青年がマスターソードの柄に手をかけると、彼の左手の甲に三角の印が浮かび上がった。……そう、マスターソードの鍔にあるのと全くおなじ模様が。
剣は、その青年を主と認めた。
“やったね! リンク”
「……ああ」
木漏れ日に今しがた祭壇から抜いたマスターソードの刀身をかざし、青年が呟く。まるで体の一部分のように、剣はしっくりと手に馴染んだ。
――リンク。ハイラルを駆ける勇者である。
帰路の途中、大きな切り株の上で眠る緑色の恐竜を見かけた。
――ヨッシー。一応竜のはしくれなのだが、ぐっすり眠るこの様子からそんなものは微塵も感じ取れない。
起こすのも忍びないし、特に用事もないのでリンクはそのままヨッシーの横を通り過ぎる。
と、唐突に空がかげった。リンクが見上げると、禍々しい赤い雲をまとった戦艦ハルバードがあの黒紫の物体を撒き散らして飛んでいくところだった。
ポコ……ポコ……
あの物質が寄り集まって次々とプリム達になっていく様子に、リンクは剣を抜き身構える。どう贔屓目に見ても、こいつらは敵だ。
清涼だった森の空気に、蜘蛛の糸のようにかすかに嫌なものが混じる。どこからともなく響いていた鳥の声が途絶えた。
「何なんだ、こいつらは」
「……?」
ようやく起きたヨッシーが、眠そうな目をしながらもリンクの背中についてくれた。


「はっ!」
リンクが駆け寄ってきたプリムをまとめてなぎ払えば、ヨッシーはヒップドロップで大きなカブトムシのような――と最初は思ったが、実は虫ではなかった――敵を装甲ごと潰す。
途中、高い木の上から木製の操り人形が降ってきて襲いかかってきたが、これらはリンクの疾風のブーメランと爆弾、ヨッシーのタマゴ投げで撃ち落とす。
「ヨッシー……」
プリムが生まれるところを見ていないヨッシーには、何でこんな敵がいっぱいいるのかなど事情が今ひとつ飲み込めていなかったが、とりあえず見知ったリンクについていくことにした。ヨッシーも、本能的に彼らを『自分とは相容れないモノ』として認識していたのだ。
リンクは、どうやら何かを追いかけているらしい。追い抜くのは簡単だが、それだとリンクが何を追っているのか分からない。訊いても「見れば分かる」とか言われそうだし。
ヨッシーがファイアプリムの吐き出した炎をタマゴの中にこもることで防ぐ。炎の玉は、タマゴにヒビを入れることなく砕け散った。
「せやあっ!」
リンクの回転斬りが、残っていた敵を一掃する。ついでにヨッシーのタマゴの殻も割ったが、中から飛び出したヨッシーは無傷だ。
「急ぐぞ、ヨッシー!」
「ヨッシー!」
リンクの走る速度にあわせて、ヨッシーはリンクの後ろについていった。
やがて、森を抜ける。ハルバードは、荒野に向かって飛んでいた。
「……」
直線であれを追いかけるのは無理だ。目の前の崖は、重装備で降りられるほど緩やかなものではない。仕方なく、リンクは崖を迂回することにした。
「ヨッシー……」
リンクはあれを追っていたのか、とヨッシーがぼーっとハルバードを眺める。……うん、何か邪悪っぽいかも。
早く追いついた方がいいのかもしれない。頑張れば崖を降りられそうだが、リンクがわざわざ横に行ったのは、きっと何か考えがあるに違いない。ヨッシーは再びリンクの後を追った。



……戦艦ハルバード内部、貨物室。
得体の知れないコンテナに混じって、何の変哲もない段ボールがぽつんと置かれている。
コト。
揺れてもいないのに、それが微かに動いた。



さんさんとふりそそぐ太陽の光の中、広げた帆にいっぱいの風を受けた海賊船が大海原を走り行く。
船の見張り台には、緑色の服を着た少年がご機嫌で見張りをしていた。
――トゥーンリンク。彼もまた、“リンク”の名を継いだ勇者である。
「……お?」
と、遠い空の向こうに不穏な何かを見つけた。大きな目を細めるが、遠すぎてよく分からない。でも……あれは、放っておいてはいけないモノだ。そう、彼の第六感が告げる。
マストからロープを伝って素早く甲板に下りる。行かなければ。自分も行かなければ。



配線やパイプのむき出しになった、特に使用されていない地下室。
その天井にある換気口のフタが、ガランと床に落ちた。フタのなくなった換気口から伸びる一本の足。
そこからスルリと音もなく降りてきたのは、体にぴったりとした青いスーツを着た長い金髪の女性だ。
――ゼロスーツサムス。どういうわけか、彼女が普段つけているスーツは見当たらない。
パラライザーを片手にあたりを警戒し、誰もいないことを確認して彼女は走り出した。



地下室を出て廊下を進むと、無機質な廊下をいくつものロボットが巡回している。さしずめ、何かの研究施設といったところだ。
ロボットの巡回をかいくぐり、サムスは一つずつ部屋を見て回る。
彼女がここに侵入した理由は2つ。この研究施設で何を研究しているのかを調査することと、可能ならば何者かに奪われた彼女のパワードスーツについての情報を入手すること。
パラライザーしかない身でロボット達と戦うには、少々火力が不安だ。見つからないように慎重に、彼女は研究所を回っていく。ロボットに頼りきりなのか、監視カメラの類はあまりないらしい。今のところ、見つかっていないようだ。
そうして入ったある部屋には、奇妙な装置があった。
大きな円柱のガラス容器に繋がるいくつものコード。ガラス容器の中では、緑色の電流に包まれた黄色い生き物がか細い悲鳴を上げている。
――ピカチュウ。本来なら、森で気ままに暮らしているポケモンだ。
緑色の電流が止まり、ピカチュウはしばらくガラス容器の中でぐったりしていたがしばらくして起き上がる。そこに、再び緑色の電流が流れる。
「チャァ〜……!」
メーターがぐんぐん上がっていくのを見て、サムスは悟った。……ピカチュウは、エネルギー源にされている。
カッとサムスの頭に血が上った。パラライザーのモードを変えて鞭にし、ガラス容器を叩き割る。途端に警報が鳴り響き、ロボット達が大挙して押し寄せてくる。
「発見されたか……」
ピカチュウを見捨てれば、簡単に施設内を見て回れただろう。が、彼女には出来なかった。かなり不利な状況だが、後悔はしていない。
ロボットの無機質なアイカメラが、ターゲットとしてサムスとピカチュウを捉えた。



「はっ!」
押し寄せるロボットアタッカーをパラライザーの鞭でまとめてなぎ払う。そこにピカチュウの放った電撃が決まり、ロボット達は次々に倒されていく。
パラライザーでは一撃で倒しきれないロボットだが、ピカチュウの電撃を叩き込めば一発で倒れる。そこで、サムスがまとめてロボットをなぎ払って道を開け、ピカチュウが何体かを倒してサムスの後ろを守る形で包囲網を突破した。
「大丈夫?」
走りながらサムスがピカチュウに問う。ピカチュウは、軽く火花を飛ばして答えた。かなりエネルギーを吸い取られていたはずだが、なかなか元気だ。
とりあえず、まだ誰もいない通路の一角に身を潜める。ここがばれるのも時間の問題だろう。
「逃げるなら、道を教えてあげる。まずは……」
「ピカァ?」
逃げないの? という風にピカチュウが首を傾げる。
「私にはまだやることがある。いい、ここから……」
「ピカ」
ピカチュウは首を振って、サムスの隣にぴったりとくっついた。……一緒に行く、といっているようだ。
「……ありがとう」
サムスの顔に、笑顔が浮かんだ。が、すぐに消える。ロボットの群れが、すぐそこまで押し寄せていた。



「……これで、中央管理室のあるブロックに行けるようになるはず。戻ってブロックを移動しよう」
2つ目の装置を動かして、サムスがピカチュウにそう言った。
発見される前にちょっと末端のコンピュータにハッキングをして調べたのだが、ブロックを移動するにはいくつかの装置を手順通りに動かしていかなければならないらしい。一度みただけのそれを、サムスはマップと一緒にほぼ完璧に覚えていた。
サムスの案内で動くピカチュウには何が何だかよく分からないし、同じ場所を何度も通っているのだが、彼はサムスを信頼してついていくことに決めていた。逃げたところで、また捕まらないという保障はないし。サムスとしても、1人ではないというのは大いに助かっていた。ピカチュウの電撃には威力もあり、自分の火力のなさを補ってくれる。
とりあえず、サムスの記憶は正しかったらしい。前までは通路のなかったエリアに、新しい通路が出来ている。
ロボット達を振り切って、中央管理室に入る。
無数のモニターで埋め尽くされた巨大な部屋に、人影はなかった。あちこちの部屋が映されるモニターを、ピカチュウはきょろきょろと見渡す。
「……!」
サムスは、モニターの一つに釘付けになった。
そこに映されていたのは、紛れもない彼女のパワードスーツであった。