湖畔


途中少し道に迷いながらも、ピーチとカービィはようやく地上に降り立った。
「ほら、早く行こう!」
元々、団体行動のできるタイプではない。カービィはさっさと道の向こうに走っていく。
「あ、待って……」
置いていかれたピーチは、慌ててその後を追おうとし――不意に後ろに感じた気配に凍りついた。

――ズギュン!

ダークキャノンの発射音とフィギュアに戻ったピーチが倒れる音は、走り去るカービィの耳には聞こえなかった。
「フン、バカなピンク玉だ」
その背中を見送り、クッパが小さく呟いた。と、その後ろからもう1人クッパがやって来る。……いや、よく見ると違う。クッパによく似てはいるが、嫌な雰囲気がするのだ。
「ほれ、あれだ。影虫共」
クッパが軽くピーチを見て顎をしゃくる。ニセクッパはあの黒紫の物体――影虫というらしい――に戻ると、さわさわとピーチのフィギュアを包み込んだ。



ハルバードを追って、湖畔を走るマリオとピット。
その2人を、高台から見下ろす影があった。
――ピーチ。
だが、どうしたことだろう。その手には、クッパが持っていたダークキャノンが握られている。
彼女にはいささか大きすぎるそれを構え、何も知らない二人に向けて引き金を――

バシュ!

突然、ダークキャノンの銃身が綺麗に2つになった。
「どういうつもりだ!?」
マスターソードを構えたリンクが鋭く詰問する。前に会ったことのある相手だが、この異様な気配はただごとではない。
追いついたヨッシーも、見慣れたはずのピーチに駆け寄ることが出来なかった。頭の中で、もう1人の自分が『あれは敵だ』と囁いている。
2人の戸惑いなどお構いなしに、ピーチは無言で2人に襲い掛かった。



ピーチは、攻撃力自体はさして恐ろしいものではない。が、ふわふわとした動きと変則的な攻撃のためにこちらの攻撃もしにくい。空中戦のあまり得意ではないリンクにとって、嫌な相手だ。
投げつけられた野菜を盾で弾き、間合いを詰めて剣を繰り出しても、大抵ひょいと飛び越えられてかわされる。
「ヨッシー、援護を頼む!」
このままでは、当たるのがお互いの飛び道具だけという消耗戦になってしまう。ピーチが何を掘り出すものか分かったものではないし、リンクは自分より足の速いヨッシーに声をかけた。
「彼女が俺の攻撃をよけたところを叩くんだ!」
「ヨッシー!」
ヨッシーの返事を聞いて、リンクは再び駆け出した。投げつけられる野菜をあえてよけず、無理矢理突っ込んで追い斬りを繰り出す。やはりピーチはジャンプしてこれをかわすが、そこにヨッシーの投げたタマゴが炸裂する! 真上に吹っ飛んだピーチに上突きを繰り出し、さらに高く吹っ飛ばす。
吹っ飛びながら体勢を整えたピーチは、リンクが真下で三段斬りのタメに入っているのを見た。……あれをかわせば、リンクには大きな隙が出来る。かなりダメージを受けている今なら、吹っ飛ばすことが出来るだろう。
「はぁぁぁっ!」
予想通りのタイミングで繰り出された剣を、ふわりとかわす。が、ピーチはリンクを警戒するあまりにもう1人の存在を忘れていた。
「ハッ!」
かわしたところに、ヨッシーのスマッシュずつきが繰り出される。ピーチはこれをかわしきれずに吹っ飛び、そのままフィギュアに戻った。
呼吸を整えながら、リンクは転がったフィギュアを見つめる。と、何の前触れもなくフィギュアは崩れていった。ボロボロと崩れて溶けていくのは、あの戦艦がばら撒いたモノと同じ物質だ。
「……何だ、これは……」
どうやら、本物のピーチではないようだ。あの戦艦の仕組んだ罠なのだろうか。
ふと、リンクは強い殺気を感じて振り向いた。



ふと、何かに呼ばれた気がして、マリオは近くの丘を振り仰いだ。
そこにいたのは、リンクとヨッシー。そして、ピーチのフィギュアだ。マリオがどうするか考えるよりも早く、ピーチのフィギュアはリンクの足元でザラザラと崩れていった。
「――!」
彼らにとって、フィギュアに戻ることは気分のいいものではないにしろ致命的な事態ではない。だが、フィギュアの状態で破壊されること、それはすなわち『終わり』だ。もしかしたらマスターハンドが同じものを作ってくれるのかもしれないが、どちらにしても、それはもう自分であって自分ではない。だから、心を持ったフィギュア達にとって、抵抗できないフィギュアの状態になることはなるべく避けたい事態であり、フィギュアを破壊することは最も重い禁忌なのだ。
それを……リンクは……
「リィィィンク!」
マリオは怒りにまかせて駆け出していた。その勢いのまま飛び上がり、全体重をのせた拳を振るう。リンクは一瞬迷ったが、盾で受け止めるのは無理と判断して横にかわした。重い音を立てて、マリオの拳が地面にめり込む。
「っ!?」
リンクは戸惑っていた。ピーチに続いてマリオに襲われたが、マリオからはあの邪悪な雰囲気は感じない。あるのはただ怒りだけだ。と、そこに弓を持った天使も合流する。話が出来るかと、リンクはとりあえず声をかけることにした。
「どういうことだ!」
「貴様っ、よくもピーチ姫を……!」
(……あ)
ここでようやく、リンクとヨッシーはマリオが勘違いをしていることに気付いた。何しろ、彼とピーチの仲は知らぬ者のないほどに有名だ。何とか誤解を解こうと踏み出したヨッシーを、リンクは制した。
「無駄だ。俺が彼なら、絶対聞かない」
もしも、自分がゼルダの形をしたフィギュアが崩れる瞬間を見てしまい、そこに誰かが立っていたなら、自分でも同じことをした。弁明なんか絶対聞かない。そいつを徹底的に破壊するまでは、絶対に止まらない。
隣にいる天使は、どうやらマリオの味方をするようだ。……2対2。天使の実力は未知数だが、頭数は丁度いい。
「誤解を解くなら、一度フィギュアに戻してからだ……!」
今のマリオに届く言葉はない。天使を説得する気もない。
互いの道がぶつかるならば、どちらが譲るか戦って決めるのみ。



「ヤッ!」
マリオのスライディングをすり抜けるようにかわし、リンクはピットとの間合いを詰める。実力のほどは分からないが、マリオよりはふっとばしやすそうだ。突っ込んでくるリンクに、ピットは弓を双剣に持ち替えて身構えた。
(変わった武器だ……)
こういう変則的な武器を使う相手は、総じて普通の武器を使う相手より手ごわい。こちらに特殊武器と相対する経験が少ないのに対し、向こうは普通の武器と相対する経験が多いのだ。
「はっ!」
ピットが素早く繰り出した攻撃を剣で受け止める。予想通り、あまり衝撃はない。逆手に持ったもう一つの武器を受け止めるため、リンクは盾を軽くかざした。
(この人……強いっ!)
ピットより体格がいいし、武器もピットのものより長く重い。華奢な上に武器も軽量なピットでは、真っ向から戦っては勝ち目は薄いだろう。
剣を引いて数歩下がり、今度はピットから間合いを詰める。リンクの剣を右手の剣で払い、その腕をかいくぐるようにして懐にもぐりこむと左手の剣で脇腹を狙う。が、リンクは右手の盾を振り下ろしてピットの後頭部を狙う。慌ててしゃがんだピットに目もくれず、リンクはそのまま回転斬りを放った。
「てやあっ!」
しゃがんでいたピットは髪の数本をとばされる程度ですんだが、後ろからリンクに近付いていたマリオはこれを避けて後ろに飛ぶ。そこにヨッシーがつよいけりをみまうが、これもかわされる。
回転斬りの隙を狙い、ピットはリンクの足を狙う。バランスを崩したリンクにもう一撃入れようとした時。
「どわっ!?」
「うわあっ!」
ゴロゴロと転がってきた巨大なタマゴに、リンクごと吹っ飛ばされた。リンクが邪魔して、接近に全く気付けなかった。
「俺まで巻き込むなよ!」
ピットほど吹っ飛ばなかったリンクが、タマゴ状態を解除したヨッシーに抗議する。が、すぐに立ち上がって飛んできたファイアボールを盾で受け止めた。
「先にあっちの天使を叩くぞ!」
「ヨッシー!」
多対多なら、相手の頭数を減らすのは常套手段。マリオよりはふっ飛ばしやすいと踏んだ天使を先に倒すことにした。
ヨッシーがピットに向かっていったのを見て、リンクは爆弾を取り出してマリオに投げつけた。が、マリオはひょいと投げつけられた爆弾をキャッチする。
「甘い!」
マリオが爆弾に気を取られている隙に、リンクはクローショットを取り出していた。マリオを掴んで引き寄せ、すぐに前に蹴り飛ばす。

ドン!

その瞬間、爆弾が爆発した。さらに吹っ飛ぶマリオに追撃をかけることなく、リンクはヨッシーの援護に向かった。
「くっ……」
一方のピットは、意外な強敵に苦戦していた。
何しろ、相手はジャンプしてピットの攻撃に耐えてくるのだ。攻撃力の低さを手数を多くして相手を怯ませることでカバーしているピットにとって、ジャンプ中に怯まないこの奇妙な生き物は嫌な相手であった。
「くるりん……」
と、急上昇したヨッシーに、嫌な予感がしたピットは飛んでその場を離れた。
「パッ!」
ドン、とピットのいた場所にヒップドロップが繰り出された。その衝撃で、星が周囲に飛び散る。
(飛んでてよかった……)
しかし、ただやられているわけにもいかない。滑空に切り替えるとそのままヨッシーに突っ込む。ほとんど自由落下な角度だが……まあ、大丈夫だ。きっと。
「はっ!」
そこからグライドスライスを繰り出す。ヨッシーは見事に吹っ飛び、さらにマリオのスマッシュヘッドバットをくらい星になった。
これで、後1人。
こちらに向かってきている緑の剣士との間合いを詰める。とにかく、先制してしまえば勝てるはずだ。
「……え?」
と、いきなり足を止めたリンク。ピットがいぶかしげな声を上げると、リンクはクローショットを取り出してピットに放った。予想していない攻撃に、つい避けきれず捕まってしまう。
リンクはすぐさまヒジ打ちでピットを叩きつけ、ピットが浮いたところで回転斬りのタメに入る。何とか体勢を整えたピットが反撃に出るより早く。
「せやあっ!」
最大まで溜められた回転斬りが炸裂、ピットはそのまま吹っ飛ばされた。ドンという大きな音と共に光が吹き上がる。
……フィギュアが戦闘不能になり本来の姿に戻る時のものだ。
「これで、1対1か……」
リンクは剣を握りなおした。



「うぁっ!」
ドンという音と共に、光が弾ける。……どうやら、ピットがやられたらしい。
フィールドに立っているのは、リンクだけだ。
「何故だ!」
ダッシュで間合いを詰めて殴りかかる。リンクはあるいは盾で受け止め、あるいは剣で弾く。
「何故ピーチ姫を壊したっ!?」
リンクは心優しく正義感の強い青年で、引くべき一線はわきまえていると思っていたのに。
「俺は彼女を壊してなどいない!」
「嘘をつけ!」
ガキン!
マリオの蹴りとリンクの剣がぶつかり、きしんだような音を立てて弾かれる。
「俺達は、壊れたとしてもああいう風に崩れたりはしない!」
「……!」
マリオの動きが一瞬止まる。
あの時、ピーチは黒紫の粒子になって崩れていった。自分達の知る限り、マスターハンドがああいった気味の悪い物体で自分達を創ったことはない。
なら、あのピーチは……
「あれは、外見と能力だけを似せた俺達の敵だ!」
大上段からリンクが振り下ろした剣を、マリオは避けられなかった。



ヨッシーのフィギュアを元に戻し、リンクは肩で息をしながらマリオとピットのフィギュアを見下ろした。
「ヨッシー?」
「……ああ。ちゃんと説明しないとな」
リンクがフィギュアを動かそうとした時、突然横手の茂みから何かが飛び出してきた。
その乗り物に積まれているフィギュアの一つに、リンクは目を止めた。
「……ゼルダ!」
「おおっと、フィギュア発見じゃい」
急停車からUタンし、カーゴについていたアームで2つのフィギュアをつかむ。デデデはぐっとガッツポーズをとった。
「よしよし、いいこと続きだ!」
「そーでもないかもよ?」
ぴょこ。
いつの間に乗っていたのか。アームにぶら下がっているのは、デデデのライバルたるカービィだった。
「……ぬぅあにいいいいいいっ!?」
目が点になるデデデには一切構わず、カービィはファイナルカッターを飛ばす。アームが壊れ、マリオとピットのフィギュアが吹き飛ばされた。一緒に吹き飛んだカービィが2人の台座に触れる。
「むむむ……」
デデデは険しい顔になって考える。……ここは、残りのフィギュアを持って逃げた方がよさそうだ。
立ちふさがる3人に構わず、デデデはカーゴを急発進させる。ピットは落ち着いて弓を引き、パルテナアローを放った。
カーゴはそのままピットの傍を通り過ぎ――ドン、とどこかが爆発しながらも走り去っていく。
「よし、命中」
見事にカーゴの機関部を射抜いたピットは、軽く息を吐いて弓を下ろした。
「無事か?」
駆け寄ってきたリンクとヨッシー。
「さっきのことは……」
「……ああ、分かってる。あれは、あいつらが作ったニセモノなんだな」
怒りをおさめてくれたらしいマリオに、ヨッシーは内心ほっとする。ピットも、よく分からないなりに弓を向けるのはやめることにした。あの2人より、さっきのペンギンっぽいヤツの方がよっぽど悪だ。
「あれにはゼルダが載っていた。絶対に彼女を助けないと……!」
「ルイージとネスもだよ」
カービィが補足する。
「それはともかく、アイツは倒さなくてはいけませんね」
「よし、行くぞ!」
「ヨッシー!」
……見事なまでの友情だ。とりあえず、弟を心配してやれよというツッコミを入れる者はここにはいなかった。
5人は、デデデのカーゴを追って走り出す。湖畔にも、既に亜空軍の手先が現れていた。



仲間が5人もいると、亜空軍の手先を蹴散らすのも随分楽だ。
途中、頭でっかちな敵が出現した。この頭は実は爆弾で、近付くと頭を取って投げつけて逃げていくという非常にシュールな敵だ。しかも、そのうち新しい頭がポンと生えてくるという嫌なオプション付き。
最も、ピットとリンクが爆弾を投げつけられない遠くから弓で攻撃してしまえばすむ話ではあった。
「なかなかやりますね……」
「どっちが多く撃墜できるか勝負するか?」
妖精っぽい緑の剣士はついさっき激闘を繰り広げた相手だったが、その時には弓の腕前は見せてもらえなかった。弓使いとして、女神の親衛隊長として、彼とはプライドをかけて勝負したい。
「いいですよ。僕が勝つにしろ、あなたが負けるにしろ、とりあえずお名前を教えてもらえませんか? 僕はピットといいます」
「リンクだ。……勝負の後に弓を折る必要はないぞピット。元から折れる作りみたいだけど」
「こら、そういうのは後でやれ」
地面から飛び出してくっついてくる嫌な敵を一掃したマリオが、弓使い2人の頭を後ろから軽くはたいた。



山腹にぽっかりと空いた穴。その入り口に、壊れたカーゴが捨てられていた。デデデもフィギュアも見当たらない。
「デデデは、ここに逃げ込んだのかな」
「だろうな」
「恐らく、彼らの拠点に繋がっているはずです。追いましょう」
5人は穴の中に入った。
入ってすぐ、影のような敵に襲われた。両手に持った鎌のような刃を振り回して襲ってくる。
「ハ、ハンマーが効かないよっ!」
「カービィ、胸の光る球体を狙うんだ! そいつが核だ!」
妖精の助言を受けたリンクが、ヨッシーを狙う刃を受け止めながら叫んだ。
ピットの放った矢に足止めされた一体の核を、マリオがスーパージャンプパンチで攻撃する。そいつはあっけなく霧散していった。
「よーし、ボクも! ヨッシーもやろう!」
「ヨッシー!」
カービィとヨッシーが、嬉々として残りの敵を一掃した。



敵の他に乗り込むと地底湖まで爆走してくれるトロッコや灼熱の岩が飛び出てくるトラップなんかをかいくぐる。デデデはここをフィギュア3つを持って通っていったのだからすごい。
この通路の出口はどこかの岩山の中腹にあった。少し離れた場所に、灰色の城が見える。
「……あ、あれ」
カービィが空を指差す。赤い雲を引き連れた戦艦ハルバードが、その城めがけてやってきていた。



いくつものモニターが、様々な情報を表示してチカチカと光る。その中で一際大きなモニターを、大柄な男がじっと眺めている。
と、そこにクッパの姿が映し出される。
『今からデデデの城に攻撃を仕掛けるぞ』
「……ああ。情報によれば、地下のどこかにフィギュア保管庫があるらしい」
『地下だな。分かった』
「その山の地質と地形から、保管庫のあるだろう場所を割り出した」
サブウィンドウの表示を元に、男はクッパに進路の指示を出した。
「手早く済ませて戻って来い。計画を進めるぞ」
『あぁ、これだけ情報があればすぐに終わるとも。手土産を楽しみにしているんだな』
クッパは部下達に進軍命令を出し、通信を切った。後に残ったのは、その男だけだ。
――ガノンドロフ。“魔王”の称号に相応しい威圧感を放ち、彼はモニターを眺めて思索にふける。