遺跡への道
峻険な山々の聳え立つ中、一際高く聳える山。
その山に向かって、一頭の赤竜が悠然と飛んでいく。
「うわぁ……すごい」
リュカは素直に感動したが、トレーナーは険しい顔でその竜を観察している。
「……間違いない」
「何が?」
訊ねるリュカに、トレーナーはポケットから2枚の写真を出した。リュカも道中見せてもらった、彼の探しているポケモンの写真だ。
そのうちの1枚に、さっきの竜とそっくりなポケモンが映っている。
「あれは俺のリザードンだ。間違いない」
「目がいいんだね」
「いや。つきあいが長いからね、飛んでる姿だけでも、分かるようになったよ」
「へえ……すごいや」
リュカは尊敬のまなざしを向けた。
「とにかく、リザードンを追おう。……こっちだ」
写真をポケットにしまい、トレーナーは歩きやすい道を選んでリザードンの後を追った。
トレーナーが見つけたのは、リザードンが飛んでいった山の方に伸びる道だ。ところどころ風化し壊れているが、石畳なので比較的歩きやすい。
「どうやら、あの山には遺跡があるようだ。そこに行く道だと思うよ」
地図を見ていたトレーナーが言った。
「うん。今は、こんなのがいる道だけどね」
やっぱりいるプリム達を指差して、リュカが言った。もう慣れてしまって怖いと思わなくなったらしい。
「仕方ないな……ゼニガメ!」
トレーナーはゼニガメを呼び出した。
「突っ切るぞ!」
「ゼニ!」
遺跡への道には、操り人形や巨大なカブトムシといった2人が今までに見たこともない敵がたくさんいた。が、リュカにも心強い味方がいる。
「トレーナー、あれは?」
「操り人形はコッコン。鋭いツメと、目から発射するビームで攻撃してくる。カブトムシはシェリー。実は虫じゃないらしいけど、角で攻撃してくる。自在に動くコッコンの方が厄介だ、先にあいつらを叩こう」
「うん!」
トレーナーの指示に従い、リュカとゼニガメはどこからともなくぶら下がるコッコンを先に狙うことにした。
手早くザコを片付けて、さらに道を進む。と、ビビビッという奇妙な音と共に、何かが地面から飛び出してきた。
「うわぁっ!?」
「……ギャムギャだ。頭からビームを撃ってくる。土台に構わないで頭を叩くんだ、ゼニガメ」
「ゼニ、ガァ!」
ゼニガメはたきのぼりで頭を攻撃する。が、敵は意外にしぶとくなかなか倒れない。ギャムギャの頭が怪しく光った。
「ビームが来るよ、ゼニガメ! 僕の後ろに隠れて!」
「ゼニガメ、リュカの後ろに!」
ゼニガメは素早くリュカの後ろに移動した。そのゼニガメを狙い、ギャムギャの目からビームが放たれた。ビームはゼニガメの前に立っていたリュカに当たり――
「残念、効かないよ」
サイマグネットを展開していたリュカがにっこりと笑った。ビームが放たれる隙をぬってゼニガメが攻撃し、危なくなったらリュカの後ろに隠れる。いくらしぶとくても、リュカが吸収できるビームしか攻撃手段がない以上、ギャムギャに勝ち目はない。やがてバラバラになって倒れた。
「やったね!」
「よし、行こう」
2人と一匹はまた歩き出した。
途中、完全に道が崩れて陥没している場所があった。どうやら、地下に洞窟があるようだ。
「このまま道を行くのは無理だし……この洞窟も遺跡の近くに出るみたいだ。行ってみよう」
「そうだね」
トレーナーは地図をしまい、リュカと2人で慎重に洞窟に下りていった。
洞窟の中は地下とは思えないほどに暑い。少し歩くと、その理由が分かった。
「うわぁ……溶岩だ」
赤々と輝いているのは、並々とたたえられた溶岩だ。時折、吹き出した可燃ガスに火がついて火柱が上がる。
「……ゼニガメにはちょっときついなぁ」
「でも、あいつらがいるもんね」
炎の向こうにいる赤いプリムに目をやり、リュカはため息をついた。
リュカ1人で何とかできればいいのだが、流石にトレーナーを守るところまでは手が回らない。仕方なく、トレーナーは再びゼニガメを呼び出した。
「ゼニ〜」
「……我慢してくれ、ゼニガメ」
溶岩や火柱をかいくぐり、吹き抜けのような場所に来た。上にも下にも行けそうだ。
「さて、上か下か……」
考え込むトレーナーの耳に、だんだんと近付いてくる笑い声が聞こえた。やって来たのは、金色の兜をかぶった双剣の剣士――といえば聞こえはいいが、1頭身ではどうにも決まらない。
「うわあああっ!」
リュカは驚いて、そいつが来たのとは反対の方――下に逃げ出した。
「あっ、リュカ! ……えぇい」
トレーナーは慌てて後を追った。
大きな穴を落ちていくと、がらりと雰囲気が変わった。上が自然にできた洞窟なのに対し、ここは明らかに人工的に造られた空間だ。きちんと並べられたタイルの模様は、地上にあった道とデザインが似通っている。ひんやりとした空気はよどんだ臭いがしたが、溶岩の熱にさらされた肌には心地よかった。
「こっちで正解かな」
あの洞窟を通路にしていたとは考えにくい。ここも、遺跡の一部なのだろう。
2人は遺跡の中を歩き出した。
地下遺跡を抜け、再び地上――あの道の終点に出てきた。リザードンが向かっていた岩山のふもとだ。
「あ、遺跡の入り口だ」
立派な門が、山肌にぽっかりと黒い口をあけていた。2人は興味津々に中を覗き込む。
「……!」
と、かすかに砂利を踏む音がした。音のした方を振り仰ぐと、岩山の上にいた誰かがこちらに向かって飛び降りてくるところだった。慌てて飛びのいた2人がいた場所に、石畳を砕いてその人物が着地する。
「フン、よけたか」
「あ……!」
リュカが青ざめた。そこにいたのは、紛れもない、動物園で自分とあの子を襲ったヤツだ――!
ガタガタと震える手を精一杯握り締める。もう……逃げたりなんかしない!
笑い出す足を踏みしめて一歩進み、PSIを手に宿す。トレーナーも、リュカにならうようにモンスターボールを突き出した。
奇妙な歩き方で近寄ってくるワリオに、トレーナーは警戒して少し下がる。
「ゼニガメ、からにこもる!」
からにこもったゼニガメは、そのまま水を噴出してワリオに突っ込む。が、ワリオはショルダータックルでゼニガメを軽々と弾き飛ばした。
「ゼニガメ!」
「PKファイヤー!」
ゼニガメが吹き飛ばされた隙に、リュカがPKファイヤーを飛ばす。見事命中して炸裂するが、ワリオはあまり吹っ飛ばない。逆にバイクを取り出してリュカに向かって突っ込んできた。慌ててよけるリュカ。
そこに戻ってきたゼニガメが、ロケットキックを放ってバイクに攻撃する。バイクは横倒しになり、乗っていたワリオは地面に転がった。
「いいぞ、ゼニガメ!」
が、ワリオは何とバイクをゼニガメに投げつけてきた。よけきれず、再び吹っ飛ばされるゼニガメ。バイクごと石柱に叩きつけられ、石柱は砕け散った。
「ゼニガメっ!」
「……!」
トレーナーは慌ててゼニガメの方に駆け寄る。その光景にリュカが思わず硬直した隙を見逃さずに駆け寄ったワリオは、ジャイアントスイングで反対側の石柱に叩きつけた。
「っく……!」
先ほどのように石柱が砕けたりはしなかったものの、ダメージは大きい。リュカは地面に突っ伏して小さく呻いた。
「がっはっは、弱い、弱いぞ小僧共!」
たるんだ腹を震わせ、ワリオが大笑いする。実際に戦う力を持たないトレーナーはその嘲笑に歯噛みしながらも、ゼニガメを瓦礫の中から救い出す作業を優先させた。
(……もう、負けるわけには、いかない)
リュカはよろよろと立ち上がった。今度負けたら――もう、自分は二度と戦えない。それは、フィギュアとして生きる価値がないということ。
ワリオの後ろの方で、トレーナーがゼニガメを瓦礫の山から出そうとしている。ゼニガメも弱っているし、トレーナー自身に戦う力はない。もし自分が負ければ、彼らもあの子のように――
「……もう、絶対にあんな目にはあわせない!」
リュカはPKフリーズのタメに入った。
強力なPSIであるPKフリーズだが、タメに時間がかかる上に着弾点が分かりやすい。ワリオはせせら笑いながら、大きく後ろに跳んでPKフリーズの効果範囲から大きく離れた。と、その背後から水がほとばしりワリオの背中に当たった。
「うおっ!?」
トレーナーが何とかゼニガメを救い出し、みずでっぽうを撃たせたのだ。
量は多いが、ただの水流だ。当てただけではダメージを与えることは不可能である。……が、ワリオの背中を押してPKフリーズの効果範囲に押し戻すには、十分だった。
キンッ!
PKフリーズが炸裂し、ワリオを氷の中に封じ込める。
「これで……終わりだっ!」
リュカはぼうっきれを構え、氷塊を思いっきりかっ飛ばした。氷はぶつかった石柱ごと砕け散った。
……ゴトン。
氷と石の破片と共に、ワリオのフィギュアが石畳に転がった。
「……やったぁ!」
リュカはトレーナーとハイタッチを交わした。あんなに怖いと思った相手に、勝ったのだ。
(……あ)
ふっとネスのことを思い出し、リュカはあたりを見渡す。が、彼の姿はどこにもなかった。
「君を助けてくれた子のことかい? 大丈夫、きっと無事さ」
「……うん」
しょんぼりとしたリュカの肩を優しく叩き、トレーナーが元気付けてくれた。リュカはうなずいて顔を上げた。……あの子はきっと大丈夫。だから、今は泣かない。
……グゥォォォオン……
と、遺跡の奥から、何かの吠え声が聞こえてきた。
秘密の部屋に逃げ込んだデデデは、手に入れたフィギュアをきちんと並べた。
「ふむふむ」
埃を軽くはらい、満足そうにうなずいた後、袖口から何かを取り出す。デデデの顔をデフォルメ――元々デフォルメされたような顔なのだが――したようなブローチだ。
ネスの胸、ルイージの鼻とそれをつけていき、最後にゼルダに手を伸ばす。
「……む?」
が、もうない。いや、正確にはもう1つだけある。デデデ自身の胸に。
「う〜む……」
デデデは悩んだ。これが最後の1つ。いざという時のために、自分にも保険をかけたいのだが――
「……ええい!」
デデデは思い切ってブローチを外し、ゼルダの肩にそれをつけた。
改めて、満足そうにフィギュアを眺めるデデデ。と、頭上で音がした。見上げると……天井が崩れてくるところだった。
ガン!
大きな瓦礫が、デデデの脳天を直撃した。目を回して倒れるデデデ。フィギュア達をも巻き込んで、天井はどんどん崩れていった。
やがて崩落がおさまり、天井に空いた穴からクッパとその手下達が顔を覗かせた。……天井崩落の犯人は、こいつらだったのだ。
「よし、ここだ! 探せ!」
クッパの号令で、全員が穴から飛び降りた。
幸か不幸か、デデデもフィギュア達も瓦礫の下敷きになってしまい外からは見えない。彼らが諦めかけた頃、クッパが瓦礫の隙間で光る何かに目を止めた。
それは、肩にデデデのブローチをつけたゼルダのフィギュアの上半身だった。