デデデ城の幽霊


「フッフッフ……」
漆黒の闇の中、たぶん邪悪っぽく聞かせたいんだろうなと感じる低くくぐもらせた笑い声が響く。
「これで……これで完成だ! ありがとうな、わざわざ協力してくれて」
『イエ、コレモ貴重ナでーたニナリマスカラ』
淡々とした合成音声の返答に、抑えようとしても漏れてしまう笑い声。
プププランドを統べる偉大なる大王――ただし自称――デデデの城。
亜空軍事件の際に壊されたり亜空間に吹っ飛ばされたりと散々な目にあったが、臣民――ただしそう思っているのはデデデだけ――ーワドルディ達の献身によって見事に復活を果たした。
そして――今ここで、壮大にして下らないことこの上ない一大イベントが起ころうとしていた。



「おお、トレーナー!」
呼び止められてトレーナーが振り向くと、そこには息を切らしたデデデが立っていた。
「どうしたの」
「た、助けてくれ。おれさまの城が……」
「亜空軍の残党にでも乗っ取られたの?」
「それなら自力でどうにかするわ」
デデデはちょっと気分を害したように唇をとがらせたが、すぐにトレーナーの手にすがりついた。
「おおおおおおおおおおおオバケが住み着いたんだっ!」
「ふーん」
「待てぇぇぇぇい、何故そこで立ち去ろうとする?」
必死でトレーナーを引き戻すデデデ。トレーナーはちょっと不満げに振り返った。
「いや、興味ないし」
「頼む見捨てないでくれ~、どうにもオバケは苦手なんだ!」
「……しょうがないなぁ」
トレーナーは小さくため息をついてデデデに向き直った。今にも泣き出しそうなデデデを見捨てるのはどうにもかわいそうだ。
「じゃあ、何とかしてみせるから」
「おお、本当か! ありがとう!」



もちろん。
デデデの目論見は、トレーナーの冷静な一言であっさり崩壊することになった。
「じゃ、シルフスコープで幽霊の正体を探ろう」



「……城の改装記念にやるのがそれ?」
トレーナーは呆れていた。
文明の利器の前にあっさり白旗を揚げたデデデが白状したのは、デデデ城復活記念の肝試し大会。その名も『ドキッ! オバケだらけのデデデ城 ~本物もいるかもよ!~』。
タイトルを聞いた時には本気でデデデのセンスを疑ったりもしたのだが、幸いトレーナーは余計な一言を言うタイプではなかったため、胸の奥でつぶやくだけにとどめた。
「だぁって、夏だし」
こめかみをおさえながら椅子に座るトレーナーの前で、すねた表情で床に座ってのの字を書くデデデ。ここだけ見ればどっちが大人だか分かったものではない。
『シカシ、コノ肝試シトイウ企画ハ私トシテモ非常ニ興味ノアルモノデス』
後ろからやってきたロボットがフォローを入れる。
「うっうっ、おれさまの味方はお前だけだよロボット……」
『「幽霊」トイウ非科学的ナ迷信ニ対シテ、皆サンガドノヨウナ反応ヲスルノカ……コノでーたガアレバ、ヨリ皆サンノ思考ガ深ク理解デキルカト思イマシテ』
「いや無理だから」
トレーナーが冷静にツッコミを入れる。
『研究トイウモノハ、コウイウ一見下ラナイ実験ノ積ミ重ネデス。私ハ皆サントノ円滑ナこみゅにけーしょんノタメ、皆サンニツイテモット知リタイノデス』
軽く顔を伏せてカメラアイを閉じ、胸に手を当てるロボットの殊勝な仕草。
(……いや、けっこう理解できてるだろその辺のニュアンス)
奇しくもトレーナーとデデデは同じことを思った。
『トイウワケデ、ででで大王ノ協力ノモト、城ノアラユル場所ニ監視かめらヲ設置シテミマシタ』
「一気に現実的になったね」
「デデデ~」
と、ひょっこりワドルディがやってきた。
「大王と呼ばんかい。それで?」
「ピーチがマリオと一緒に近くにいるよ。呼んでみたら?」
ワドルディの報告に、デデデは考え込んだ。
……あの2人じゃ無理だな。テレサとテニスとかできるし。
「うむ。今回は……」
『デハ今スグオ2人ヲ呼ンデモラエマスカ』
「いいよー!」
ててててて。
気のいいワドルディはロボットのお願いをこころよく聞いて飛び出した。
「くぅぉら~!」
『オヤ? ドウカシマシタカ』
うなりをあげる木槌をあっさりとアームで受け止め、ロボットは首を傾げてみせる。
「……やっぱり、細かい動きが人間くさいよね。エインシャント島の前の住人の影響かな?」
失われたエインシャント島の歴史に思いをはせるトレーナーの横では、デデデとロボットが対峙している。
「な~んで勝手にマリオとピーチを呼んだんだ!」
『でーたノタメデス』
「あいつら絶対驚かないに決まってるんだ! 面白くないだろう!」
『実験ハ一見退屈ナモノデス』
完全に駄々っ子の喧嘩と化した2人のやりとりを聞こうともせず、トレーナーは勝手に椅子を動かしてモニターの前に陣取った。
そこには、ワドルディに案内されたマリオとピーチが映っていた。



――ここから先の映像データは紛失しております――



「まあ、素敵ね」
ロボットからネタバラシを聞いたピーチは、笑顔でそう答えた。隣のマリオも同意見のようだ。流石はキノコ王国の住人だとトレーナーは密かに思った。
そんな3人の横ではデデデがぐったりと横たわっており、健気なワドルディ達がうちわを持ってきて一生懸命あおいでいる。マリオとピーチがお化け退治と称して内装ごと仕掛けをことごとく破壊して回ったのがよほどこたえたのだろう。
「あら、でもどうしましょう。私たち、せっかくの仕掛けを壊しちゃったわ」
(仕掛けというより、城を半壊させてるよね)
トレーナーがちらりと目をやったモニターには、大きな穴の開いた壁や床がいくつも映し出されている。せっかく直したばかりの自分の居城がこうなってしまえば、流石に少しはへこむだろう。トレーナーはちょっとだけデデデに同情した。
「仕方ない。責任をとって、急いで直すとしよう」
「そうね。それがいいわ」
ピーチが手を2回叩くと、どこからともなくキノピオ達が現れて彼女の周りを取り囲んだ。
「みんな、このお城を直して! あと、仕掛けもね」
「はい!」
元気に返事をして、キノピオ達は一斉に散らばって作業を始めた。ワドルディ達も一緒になって、瓦礫を運んだり必要な道具をそろえたりしている。ほのぼのとした光景だ。
『私ニモ手伝エルコトハアルデショウカ』
「監視カメラの回線のチェックとか。ほら、キノピオやワドルディじゃちょっとできないでしょ」
『ソウデスネ。デハ、行ッテキマス』
どことなくうきうきしているロボットを見送って、トレーナーは手持ちの3匹をその場に出した。
「今日は時間があるから、ちょっと念入りにお手入れしようか」
構ってもらえることがわかってはしゃぐゼニガメとフシギソウの後ろで、リザードンも心なしかうきうきしているように翼を小刻みに動かした。
何だかんだで帰らないあたり、トレーナーも少しは皆の反応に興味があるようだった。



城の修理が終わり、デデデもようやく立ち直ったところに見張り役のワドルディが駆け込んできた。
「ねえねえ、リンクとゼルダが近くに来るよ!」
「うーむ……」
デデデは考えた。
……ゼルダはとても常識的だし、リンクもゼルダの前で無体はするまい。少なくともさっきのように城を半壊させたりはしないだろう。
「よっし、では早速ここに呼ぶんだ」
「わかったー」
ワドルディはこころよく飛び出していった。
その頃、ゼルダはリンクに補助されながら乗馬の練習をしていた。
「結構足が痛くなりますね」
「まあ、慣れの問題だから。今回はエポナもいい子だしね」
リンクに軽く首を叩かれて、エポナは小さく鼻を鳴らした。
と、エポナが何かに気づいて顔を上げた。リンクがその方向を見ると、ワドルディが必死に走ってくるところだった。
「あれ、ワドルディ。どうしたの? デデデは?」
「た、たすけて、ください。デデデが、ゆ、幽霊に……」
息を切らしながらのワドルディの言葉に、リンクとゼルダは顔を見合わせた。
「さらわれたのかな?」
「何にしても、見捨てるわけにはいきません」
「そうだな」
2人はうなずいた。
「分かった、助けに行こう。案内してくれ」
「うん!」
リンクはワドルディをゼルダに手渡し、その後ろに飛び乗った。手綱を片手で持ち、反対の手をゼルダの腰に回す。
「走らせるから、しっかりつかまって」
「はい」
仲間を救うため、2人とワドルディを乗せた馬が駆け出した。



デデデ城の一角で、ゼルダとリンクは困惑していた。
「ごめんなさい。まさかこんなことだったとは……」
「うん。本気で何とかしようと思ったものだから」
「お前らの本気はズレてるぞ! 見損なったぞ!」
ぎゃあぎゃあとわめくデデデの傍では、マリオとピーチが苦笑していた。
幽霊に取り憑かれてしまったデデデ城を救うため、リンクとゼルダはトライフォースの力を開放して原因ごと幽霊を消し飛ばそうとしたのだ。
そう、デデデ城そのものを。
流石にそれはまずいので、マリオが2人を止めに入り、城内で事情を話したところである。
デデデの言うことももっともだなと思いながらも、実際に半壊させてしまっている手前、マリオとピーチも強くは言えない。
『フム、コウヤッテ大規模破壊ニフミコモウトスルノハ、ヤハリ戦士トシテノ力量ガアルカラデショウカ』
「性格もあるんじゃないかな。リュカとかだったら、多分城そのものを壊そうとはしないと思う」
一生懸命にデータから結果を読み取ろうとするロボットに、ポケモン達の毛づくろいも終わって手持ち無沙汰なトレーナーが適当に付き合っている。
そもそもこういった調査は一般人を対象として行うもので、一般人が存在しないフィギュア相手にやることそのものが間違っているのだが、そんなことには誰も気がつかない。
『サテ、次ハ誰ガ来ルデショウカ』
そのため、誰もこのズレた調査を止めることはできなかった。……まあ、知っていてもわざわざ止めたりはしないだろうが。



調査は夕暮れまで行われたが、それ以降もたびたびマリオが制止に入る場面があるなど、誰一人としてデデデの望んだような反応をすることはなかった。
「なるほど……燃やすか」
「幽霊? そんな非科学的なものがいるはずないだろう、馬鹿馬鹿しい。俺を巻き込むな」
「幽霊か! そいつは困ったな。よし、とりあえず上空から塩を1tほど撒いてみようか」
「私には爆撃で城ごと消滅させることしかできないんだけど……」
“ふむ。しかし、ゴーストは波導では倒せないので、私にはどうしようもないのだ。すまない”
「えー、死者を管轄してるのはパルテナ様じゃありませんし、僕の能力じゃ無理です」
あまりの惨憺たる反応にすっかりすねてしまったデデデを尻目に、ロボットは嬉々としてデータの分析を行っていた。
と、デデデの元にワドルディが駆け寄った。
「ねえねえ、ネスとリュカがこっちに来るよ」
「ふんだ。もう好きにしろい」
「あら、ネスはともかく、リュカって結構臆病でしょ。驚いてくれるかもよ?」
ピーチの一言に、デデデの肩がピクンと動いた。
そう、リュカが臆病な性格であるということは、全員の知るところだ。よく誰かにからかわれては慌てふためいたり涙目になったりしている。
大抵はネスかトレーナーが防波堤になったりなぐさめたりしているが、今回もネスと一緒らしい。この2人なら率先して破壊活動にいそしむこともデデデを見捨てることもしないだろう。
「そうだな。んじゃあ、呼んでみるか」
「わかったー」
今回のターゲットを知って、すっかり飽きていた他のメンツもぞろぞろとモニターの前に集まってきた。
しばらくすると、ワドルディに案内されたネスとリュカがデデデ城の前についた。ネスはワドルディを門の前に残し、先頭に立って城の中に入っていった。その後ろにリュカも続く。
が、しばらく歩くと不意にリュカが立ち止まって、不安な表情でカメラの方を見た。
「もしかして、バレたのか?」
デデデが不安そうに呟くと、ネスも立ち止まってリュカに何事か訊ねた。そのまま2人はしばらく話し合い、小走りにどこかに向かって走り出した。
どうやら、カメラに気づいたわけではないらしい。一同はほっとした。
食堂に着いたところで、2人は足を止めた。大きく重い木の扉を、ゆっくりと開けていく。
「フッフッフ、さあここで第一の――」
が、デデデの期待とは裏腹に、何事もなく扉が開いた。2人はためらうことなくその中に入っていく。
「そんなバカな! あそこには金ダライが仕込んであったんだぞ!?」
「チョイスがレトロすぎない?」
「何を言う、基本は大事だぞ!」
何の基本だ。
モニター前の騒ぎなどつゆ知らず、ネスとリュカは食堂の片隅で何やら話し始める。が、明らかにおかしい。
「ねえ……ネスとリュカ、誰と会話しているのかしら?」
2人とも、何もない空間に向かって話しかけ、しばらくそのままでいた後に考え込んだりさらに話しかけたりしている。
そう、明らかに、2人で誰かと話しているとしか思えないのだ。
「おい、もしかして本当にいるんじゃないのか」
「そんなはずはない!」
「はい、これ」
と、トレーナーが横からシルフスコープを差し出した。アイクに食って掛かっていたデデデはつい受け取ってそれを覗いてしまう。その先には、2人を映し出すモニターがあった。
「……ンぎゃあああああああああああああああああああっ!」
一瞬で真っ青に――元から青いが、それでも分かるほどに――なったデデデが、すさまじい悲鳴と共にシルフスコープを投げ出して部屋を出て行った。ドカドカいう足音と様々なものが倒れる音は、すぐに遠くなって聞こえなくなった。
「あ、ホントーにいたんだ」
「知ってたの?」
足元でのほほんと呟いたワドルディにリンクが何となく問いかけると、ワドルディはいともあっさりとこう答えた。
「うん。こないだからウワサになってたよ。知っててやってたと思ってたのに、デデデ、聞いてなかったのかな」
『……』
その場にいたワドルディ以外の全員が、呆れたような目で開きっぱなしで揺れるドアを眺めた。



結局、件の幽霊は悪霊などではなく、ネスとリュカの尽力によって安らかに天に昇った。
が、デデデの幽霊嫌いはスマブラメンバー全員に知れ渡ることとなり、それからしばらくの間、デデデはコンニャクやシーツやロウソクを持ったイタズラ好きな面々に追い掛け回されることになるのだった。





後書き



夏ということで、肝試しです。……本物がいる? そんなことを気にしちゃいけません。
最近ストーリー構成がグダグダしてるなぁ……。トレーナーは突っ込んでも止めてくれないのでさらにカオス度が増すという。
デデデが幽霊嫌いかどうかは知りません。何となくこういうのに弱そうだったので。そして超能力少年ズは地味に幽霊関係強そう。

ちなみに、波導ではゴーストは倒せないとありますが、悪の波導や水の波導なら一応可能(ルカリオはどっちも覚えます)。
噛み砕くがないなら素直に逃げた方がいいと思いますが。



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