Meus Mundus


「そうそう、それでね……」
「あら、でしたら……」
楽しそうにおしゃべりをする6人を眺めて、アイクはこっそりとため息をついた。



事の発端は、どうということもない。
ただいつものメンバーで集まっていると、姫様方が訪ねてきただけだ。
「あら、みんなで乱闘? じゃあ、その試合が終わったら一緒にお茶しましょうよ」
アイクとしては思いっきり遠慮したいところだった。
が、向こうにゼルダがいる時点でリンクは味方になりえないし、マルスも基本的に女性には優しいためまず断らないだろう。頼みの綱はメタナイトとピットだが。
「ピーチ姫と2人でエンジェルケーキを焼いてきたんです。ちょうど旬の果物がいっぱい手に入ったところなので」
ゼルダがにこにこと言った言葉に、まずピットが反応した。
「それってどんなケーキなんですか?」
「卵白をあわ立ててふんわりと作ったケーキです。クリームや旬の果物なんかで飾っていただくんですよ」
「ちょうどいろいろ果物をいただいたところだったから、今回は果物を多めに使ってみたの。大きめに作ったから、みんなで食べられるわ」
ああ、味方が消えていく。
ケーキに興味津々な4人の背中を見て、アイクは諦めたように目を閉じた。



苺やキウイ、ミカンやマンゴーなどといった果物で飾られたケーキは、いかにも女性の好みそうな可愛らしいものだった。……サイズだけは、メタナイトが上に乗れるほどもあったが。
ピットがすごく興味津々といった様子で切り分けられるケーキを眺めていたので、ピーチは苦笑して一番大きい一切れをピットに差し出した。
メタナイトが紅茶を飲む時には全員がそっとメタナイトの方をうかがったが、メタナイトはわずかに仮面をずらしただけで素顔を見ることは出来なかった。
「何か色々かかってるけど、何ですか?」
「グレナデンシロップとベリージャムです。砂糖衣を作ろうと思ってたんですけど、時間がなくて」
「この紅茶はいい香りがしますね」
「ダージリンのファーストフラッシュよ。よければ、少し茶葉を分けられるけれど」
「なあゼルダ、この角砂糖バラの花がついてるぞ」
「それは砂糖菓子なの。この砂糖を入れるとこれが浮かんで可愛いのよ。入れてみて」
「わ、このジャム酸っぱい!」
「グーズベリーのジャムよ。甘いものばかりだと飽きるから、アクセントね」
皆ケーキを囲んでわいわいと楽しそうだ。いつもはドレスや恋愛話など女性らしいおしゃべりをしているピーチとゼルダも、男性陣に気を使ってかなるべくそういう話題は避けているようだ。
王族出身のマルスや物怖じしない性格のピット、ゼルダとの付き合いが長いリンクはさておいて、アイクは稼業が稼業なためか、こういうお上品な席にはどうも慣れない。居心地の悪さを感じて、アイクは紅茶を飲み干した。
「お代わりはいかが?」
「……ああ」
笑顔で紅茶のお代わりをすすめてくるピーチに、アイクは何となくうなずく。こういうところだけは、恐ろしく気の回る姫様だ。
「あら、アイクさん、甘いものは苦手ですか?」
「いや……そういう訳では」
アイクがあまりケーキを食べていないことに気付いたゼルダが首をかしげた。アイク自身、別に甘いものが苦手な訳ではないし、このケーキは美味しいと思う。ただ、雰囲気に慣れなくて食が進まないだけだ。
と、マルスがクスクスと笑いながらざっくりとバラしてくれた。
「きっと緊張してるんでしょう。彼、女性と談笑なんてほとんど経験がないでしょうし」
「あら、そうなの? 気にしなくていいのに」
マルスを睨みつけるアイクの視線にはまるで気付かず、ピーチがニコニコと笑う。
「そうそう、2人とも意中の人がいますしね」
紅茶に浮かんだ砂糖菓子の花をスプーンの先でつつきながらピットもうなずく。
「次から肉料理を用意しておけばいいんじゃないか? アイクはそういうこってりしたもの好きだから」
「それよ! 次はローストビーフでも用意しましょう」
「……いや、それは方向性が違うだろう」
メタナイトが控えめに反論した。アイクは一瞬うなずきかけた頭を慌てて横に振った。
「アイクさん。今はこうしてお茶の席についていますけれど、一度戦場につけば私達は戦士です。あなたは、私が女性だからという理由で手加減をしたことが一度でもありますか?」
アイクは首を横に振った。性別も年齢も身分も、戦場においては何の意味も持たない。戦場には、勝者と敗者のどちらかしかいないのだ。
「それと同じことです。あなたが私達に遠慮する理由はどこにもありません。ただ、ここが戦場でなく戦いをしていないだけのことなんですから」
「む……」
ゼルダもピーチも、その優雅で可憐な外見に似合わず色んな意味で恐ろしい力を秘めている。それはアイクもよーく知っていることなのだが。
「紅茶やらケーキやらを差し出されて微笑みかけられるのは……どうにも落ち着かん。俺は戦場に生きる人間だからな」
くれるならケーキではなく果たし状を、向けるなら笑顔ではなく剣の切っ先を。
アイクの言葉に、全員がうなずいた。彼らも、また終わることのない争いの系譜の中に生きるものなのだ。
「その通りですね」
「じゃあ、ここにいる皆で乱闘しましょう! お茶会が終わったら」
「……え?」
あれ?
「そうですね。リンクと戦うのは久しぶりです、楽しみですね」
「あ、余ったケーキもらっていいですか?」
「俺にも半分くれよ」
「ピーチ姫、後で茶葉を分けて下さい。これはとても美味しい」
「もちろんよ」
「あー、お前ら……まだ続けるのか?」
せっかくお茶会を中断できそうな流れだったのに……。アイクが恐る恐る訊ねると。
「あら、当然よ。まだ終わってないんだもの」
「アイク、これも修行の一環だと思え」
笑顔で即答してくれた6人に、精神力の尽きたアイクはテーブルに突っ伏した。





後書き



剣士組+姫様方な話でした。
殺伐としてるんだかほのぼのなんだか。

アイクは女性の扱いが苦手そうです。メタさんはポーカーフェイスが上手いからそんなのはおくびにも出さないでしょうが。
ケーキに関しては流星香さんの「彩色車の花」より。この巻は森で暮らすための知恵みたいなのがあれこれ出てきて楽しいです。