強さの秘訣を守るには


「んー……朝か……」
小さなテントの中で寝袋にくるまっていたトレーナーはぼんやりと目を開けた。時計のデジタル表示は、6時になっている。いつも通りの時間だ。
あくびをしながら寝袋から出て、大きく伸びをする。リュックから洗面用具と帽子を取り出してテントから出たところで、トレーナーは足を止めた。
「おっはよ、トレーナー」
トゥーンにネスにリュカ、ピカチュウにプリンにルカリオ。トレーナーはとりあえず、何で彼らがここにいるんだろうと考えた。が、途中で面倒になった。
「おはよう。ちょっと顔洗ってくる」
そのまま近くの川に向かった。



身だしなみを整えて戻ってくると、彼らは朝食を作っていた。……といっても、子供ばかりだ。トーストやベーコンエッグといった簡単なものばかりだったが、特に食事にこだわりを持たないトレーナーにとっては十分にありがたかった。
「あれ、みんなてっきり食べてきたんだと思った」
「まさかぁ。どうせならみんなで食べた方がいいと思って、材料と道具だけ持ってきたんだ」
「そっか、ありがと。……じゃあ、リザードン達も出して一緒に食べた方がいいかな」
「それがいいよ」
トレーナーはテントからリュックとホルダーを取りだすと、ボールを無造作に放り投げた。
「リザードン! ゼニガメ! フシギソウ!」
ボールから出された3匹は、状況がよく分からずきょとんとしている。……フシギソウはちゃっかりトレーナーの足元に座り込んでいるが。
「朝ごはんだよ。今日はお客さんがいるから特別だぞ」
「え、普段はあげてないの?」
リュカが意外そうに声を上げる。
「まさか。俺が食べた後にあげてるんだ。こいつらは愛玩用じゃないから、その辺はきっちりさせないとね」
リザードンがうんうんとうなずいている。
「へぇ〜……だから、『今日は特別』なんだ」
「まぁ、たまにはね。……じゃ、いただきます」
ネスから紙皿を受け取り、トレーナーはその辺の岩に腰を下ろした。他の3人も紙皿を持って適当な場所に座り、ポケモン達は持ってきた果物を食べ始める。
「ほら、お前達も」
リュックからポケモンフードの袋を取り出し、赤と青と緑に塗り分けされた小さな器に適当な量を入れる。周囲が想像した通り、赤い皿をリザードンが、青い皿をゼニガメが、緑の皿をフシギソウがとった。
「ピィィカァ?」
「『何か、量が少なくない?』って」
首をかしげたピカチュウの言葉をリュカが訳す。確かに、リザードンとゼニガメの器は大きさそのものが違うのだが、入っている量と食べているポケモンのサイズを比較すると何だか少ない気がする。他のメンツも同じ事を思っていたらしく、興味津々といった顔でトレーナーの答えを待っている。
トレーナーは小さくうなずいて答えた。
「確かにね。でも、これはトレーナー用の栄養価の高いものを使ってるから、逆に多すぎると太る原因になるんだ。それに、訓練するなら空腹の方が冴えるし」
「違いがあるの?」
「あるよ。例えばポケモンをペットとして飼ってる人なら栄養価より味を優先させるし、ポケモンの生態調査や捕獲用に、野生ポケモンを誘引するための匂いと味のいいエサがある。人間で言えば、精進料理とフランス料理とジャンクフードみたいな感じかな」
おお、と彼らは感心した。
「食べてみる?」
苦笑しながら、トレーナーがポケモンフードを少しずつピカチュウとプリンとルカリオに渡す。3匹とも興味津々でそれを食べてみるが。
「ピィカァアア……」
「プリィィィ……」
“…………”
3匹とも、その場でげんなりした。
「ネス、リュカ、訳さないでいいよ。正直、そこまでおいしくないらしいからね、これ。俺は食べたことないけど」
「ならあげなきゃいいのに……」
「お試しってやつ。トゥーンも食べる?」
「い、いらない」
たまに許可をもらってトレーナーのポケモンに果物やお菓子をあげるとえらく喜ばれる理由が分かった気がした。
(トレーナーのポケモンって、大変だな……)



「……で、俺のところに来た理由は? まだ代表決定戦の時期じゃないだろ」
朝食が終わったところで、トレーナーが本題を切り出した。
「うん。ピカチュウがね、トレーナーのポケモンが普段どんなトレーニングをしてるのか知りたいって言い出して」
「そしたらルカリオとプリンも来て、結局6人で来ることにしたんだ」
「ね、今日一日だけでいいから、トレーニングしてるとこ見せてくれる?」
「なるほど」
とても分かりやすい理由だ。少し考えて、トレーナーはうなずいた。
「いいよ。ただし、こっちの邪魔にならないように少し離れた場所で見てくれよ」
「うんっ!」
彼らは一斉にうなずいた。



だだっ広い荒野で、トレーナーは足を止めた。
「この辺かな。……リザードン、ゼニガメを抱えて空を飛ぶんだ。フシギソウはもう少し向こう側に」
トレーナーの後ろの6人は、何をやるんだろうとワクワクしながらそれを眺めていた。
「ゼニガメ、みずでっぽう! リザードン、ゼニガメの水がフシギソウに当たるように飛べ! フシギソウ、濡れるな!」
トレーナーの指示に従い、リザードンに抱えられたゼニガメが水を吐き出し、フシギソウはリザードンの飛んで来るのとは反対の方向に走り出す。が、リザードンの飛行速度の方が速い。リザードンに追いつかれる直前、フシギソウは足を止めてタネマシンガンを空に向かって放った。
リザードンはこれを回避し、さらに高度をとってタネマシンガンの射程から外れる。ゼニガメもみずでっぽうに少しアレンジを加え、シャワーのように細かい水を広範囲に撒き散らした。
フシギソウは一瞬トレーナーの方を眺める。トレーナーが腕を振って何かのサインをすると、フシギソウは空を仰いだ。……と、何だか日差しが強くなってきた。
「うわ、一体何?」
「ピカ、ピ」
「『にほんばれ』っていう、天気を晴れにするワザなんだって」
“炎の威力を高め、水の威力を弱める”
その通り、細かい水は強い陽光に蒸発させられてフシギソウに届くことなく消えた。
トレーナーはゼニガメとリザードンにも何かの指示を出す。リザードンは先ほどとは逆に地面すれすれまで高度を下げ、ゼニガメは首を横に曲げてみずでっぽうを放つ。
フシギソウも負けてはいない。ソーラービームでリザードンの飛行経路を牽制する。ゼニガメはちょこまかと軌道修正するリザードンの動きに合わせてみずでっぽうを放つ先を変え、フシギソウも蔓を器用に用いてそれをかわす。
トレーナーは3匹の移動にあわせて走り回り、時折助言を求められれば小さく指示を出す。後ろで見ている6人には全く理解できなかったが、ポケモン達はそれを見て的確に作戦を変えていく。
「意外にタフだね、トレーナー」
「プリ」
たとえフィギュアであっても、無限に体力があるわけではない。激しい運動をすれば疲れる。まして、トレーナー自身には戦闘能力は皆無なのだ。つまり、純粋にトレーナーの体力がこの訓練に足りているということなのだろう。
「……よし、もういいぞ。戻って来い」
かなりの時間がたってから、トレーナーはポケモンを呼び戻した。結局、フシギソウは濡れなかった。
「フシギソウ、蔓の使い方が昨日より上手くなったな。ゼニガメ、みずでっぽうを撃ってから再び撃つまでのタイムラグが大きいぞ。リザードン、お前に小回りは無理なんだから、スピードでカバーできるようにするんだ」
寄ってきたフシギソウとゼニガメの頭をなでながら、トレーナーはアドバイスをする。リザードンはプライドからか2匹と違ってなでてほしそうな素振りは見せなかったが、トレーナーが肩を叩くとちょっと嬉しそうな顔をした。
「よく見てたねー」
「別に。3匹しかいないんだし、これくらい普通だろ」
常に最前線に近い場所で客観的に戦いを眺めてきたトレーナーだからこそのセリフであった。
「じゃ、お昼にしようか。簡単なのでよければ俺が作るよ」
トレーナーが振り返る。気付けば、もうそんな時間になっていた。



昼食は、朝食の余りの野菜にトレーナーがコンビーフハッシュとヤングコーンの缶詰を提供して、簡単な炒め物を作ることになった。
「缶詰ばっかりってよくないと思うよ」
「プゥリ」
「仕方ないだろ、これが一番日持ちしておいしいんだから」
スネークの次に食生活が良くないトレーナーであった。
「俺は自分のものの他にポケモンフードも持たなきゃいけないし、リンクと違って四次元ポケット持ってないの。大体、ポケモンフードって結構高いんだぞ?」
「四次元ポケットって何だよ!」
「だからって自分の食べ物を適当にするのはよくないよ!」
トゥーンの抗議とネスの抗議はほぼ同時だった。
「そりゃ、みんなは自分で戦うんだから食生活とかに気をつけなくちゃいけないと思うけど。俺はポケモン達に戦ってもらうわけだから、ポケモン達のコンディションを常に最高にするのと指示する間だけ倒れないでいられる程度の体力があればいいの」
まるで『1+1は2です』と言うようなあっさりとした口調で、トレーナーは抗議を受け流すかのようにヒラヒラと手を振る。
「ピカ、ピィカピカ、ピカァ」
“……彼らは、お前がいなければあれほどの力を発揮できない。お前の体調が悪ければ、いかにコンディションがよくても我々の敵ではない”
それが、トレーナーのポケモンの長所にして短所。トレーナーの後ろで、リザードンが密かにうなずいていた。
「別に。指示さえできれば、そんな」
「ううん。みんな、トレーナーの調子が悪いときには、心配そうにしながら戦ってるよ」
「他のこと考えてたらやっぱり戦いに影響でるよ。で、四次元ポケットって何なのさ」
トゥーンの抗議はまたしても流された。
「……プゥリ! プリ、プリリ、プ、プリン!」
と、プリンが手を打った。
「それいいね!」
「ピィカ!」
「僕も賛成!」
「え、何?」
首を傾げるトゥーンとトレーナーに、ネスとリュカが満面の笑みで通訳した。
「ほら、ここって近くに街があるじゃん。そこでみんなで美味しいもの食べようよって」
「それいい! 賛成!」
「えええっ!?」
二人は同時に声をあげた。
「ちょっと、俺はこの後――」
“他人の修行の邪魔をするのはよくないのではないか?”
修行好きなルカリオが小さく口をはさんだが、
「朝にしたんだから大丈夫!」
「それにねぇルカリオ」
にっこりと笑ったネスがルカリオの耳元に囁いた。
「実はね、あの街には美味しいチョコレートケーキのお店があるんだ。ピーチ姫に教えてもらったんだから間違いないよ」
“……休息も戦士としては必要だろう”
「あ、寝返った!」
あっさりと手のひらを返したルカリオに、トレーナーは思わずツッコミを入れる。が、あいにくと懐柔するに足るチョコレートを持っていなかった。
救いを求めるように、トレーナーは後ろの3匹を振り返った。
「グルル……」
リザードンは、笑うように喉を鳴らしながらトレーナーの背中を鼻面で軽く押した。ゼニガメとフシギソウも、トレーナーの足や腰を軽く押してネス達の方に押してくる。
「ほら、『行って来い』ってさ」
通訳されるまでもなく、トレーナーには彼らの言いたいことが理解できた。
――たまには、休んできなよ。
「……お土産は買ってこないからな」
笑うべきか困るべきか分からず複雑な表情の主人に、3匹は同時にうなずいた。
「次の代表決定戦で勝てなかったら承知しないからな」
これまた同時にうなずく3匹。トレーナーは諦めたように笑うと、3匹をボールにしまった。
「……どうせ何かいいもの見つけたら自分のポケモンに買っていくだろうし、負けても自分のせいだって思うのに、何であんなこと言うんだろ、トレーナーったら」
小声で呟くトゥーンに、ルカリオが目を細めて笑いながら答えた。
“主人としてのプライドがあるからだろう”
そのまま視線をずらすと、今日限定でトレーナーとしての心構えをしまいこんだ少年が笑いながらこちらに向かってきていた。





後書き



ポケスペの影響かもしれませんが、トレーナーはポケモン命なイメージがあります。
旅生活なのもあって、自分の生活は最低限のものがあればいいやな感じ。

毎回、タイトルつけるのに悩みます。いい加減なのは見逃してくれ。